教育 子育て 学校経営

優しさの始め

窓(H20.07.10NO76

 

「優しさの始め」

 

キャップハンディー学習を指導するため、ある小学校を訪れた。指導と言ってもインストラクター二人が長年の経験を活かして指導する。私は指導現場の様子を見せていただくために同行した。

 

「車椅子を利用する人には、優しさから始めて、優しさで終わることが大切なんだよ」と語り始めるインストラクター。「まずベッドなどから車椅子まで移動したことにするよ。さあ!ここから今日は体験してみます」「まず・・・」と言ってインストラクターは車椅子についているフットレスト(足掛け板)に児童の目をひきつけた。「歩けない人はこのフットレストに足を乗せることも難しい。足が乗せられるようにフットレストをセットしてから、皆さんの手を使って車椅子に乗る人の足を持ち上げる」「君、私の足を持ち上げてフットレストに乗せてみて」一人の男の子が前に出た。ゆっくりとインストラクターの足を乗せる男の子。「・・・・。そう!その通りだよ」ニッコリ笑ったインストラクターが学級全員の顔を見て「これが優しさの始めなんだよ」と。

 

見ている子どもたちの目は、優しさから始めるとはそういうことかと納得の表情。「車椅子は、車椅子に乗っている人のもの。後ろから押す人のものではないのです。段差があれば『上げますよ』、降りるなら『降りますよ』と声を掛ける。車椅子に乗っている人を驚かさない、不安にさせない、これが優しさです」と諄々と語り掛けるインストラクター。

 

「着いたらブレーキを掛けておくね。そして最後にすること・・・・。そう、足をフットレストから降ろしてあげる。これが優しさで終わるということです」子どもたちは静にその話に聞き入っている。「もし車椅子に乗っている人がフットレストに全体重を掛けるとどうなるかやってみようか」インストラクターが体重をフットレストに掛け始めると、ブレーキをかけている車椅子が一旦大きく前傾し、次に勢いよく後ろに動いた。あっと!子どもたちは息を飲む・・・。

「フットレストから足を降ろしてやる。危険を取り除く。それが優しさ。そして、優しさとは、相手を守ることにもなるのですよ」ふっとため息を漏らす子どもがいた。そのため息は心から納得した表現でもあった。聞いている子どもたちは「優しさ」という聞きなれた言葉が、現実の重みを備えて近づいてきた。

 

福祉の授業が行われた学校の校長先生が二枚の原稿を見せてくださった。一枚は「地域の方々に配布した広報紙に掲載した私の文章です」という。その中に「ゆうたくんちのいばりいぬ」という絵本の登場人物を例に引きながら「自分と違うから友達になれないと決めないでください。友達とかかわり、友達のことを分かっていこう。友達のよさを知っていこうとすることが・・・・」と書かれていた。もう一枚は校長先生が近頃出会った心に残った一文だという。その中に「福祉はふだんのくらしのなかのしあわせという意味であり、お互いさまという考え方」と書かれていた。

 

「かかわり」から自分を知り、友の良さを知ることや「お互いさま」という考え方を大切に思う校長先生の学校経営、そして優しさを目の前の出来事として印象付けたインストラクターの指導とが互いに共鳴して、児童の心に響いているようであった。

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もちもちのうで

                   窓(H20.04.09)NO68

                    「もちもちのうで」

 4月3日付け朝日新聞天声人語は何ともやりきれない事件に関わる内容だった。青森県で母親が自分の子を電気コードで首を絞めて殺害したという内容である。

 殺された西山拓海君は昨年、「お母さん」という詩を作り、「晩翠わかば賞」の佳作に選ばれた。

〈おかあさんは/どこでもふわふわ/ほっぺはぷにょぷにょ/ふくらはぎはぽよぽよ/ふとももはぼよん/うではもちもち/おなかは小人さんが/トランポリンをしたら/とおくへとんでいくくらい/はずんでいる/おかあさんは/とってもやわらかい/ぼくがさわったら/あたたかい気もちいい/ベッドになってくれる〉

 天声人語はこの詩を紹介した後に「何度も抱きしめてくれた『もちもちのうで』が、この朝は凶器だった」と記した。何という母親だとテレビのワイドショーは、あれやこれやと非難の声を上げ、コメンテーターといわれる人が分かったような無責任な発言を繰り返すことだろう。数日するとこの事件のことさえほとんど忘れ去るのに。

 ある会合で若い女性たちの輪に入った。学校現場が理不尽な要求にさらされていることが話題となった。一人の若い女性が「学校も大変ですよね」と同情気味に同席した教師に話し掛け、単なる軽口であるが、「本当に何を考えているか分からない母親たちがいる」と続けた。

 私はその軽口を軽口のままやり過ごすことが出来なかった。確かに理不尽な物言いをし、自分の責任を他人の責任とする母親はいる。ではなぜそのような物言いをするのか。理由があるはずである。むしろ相手を攻撃せざるを得ない苦衷が母親の心を占めていると捉えるべきではないか。

 教育関係者が「何を考えているか分からない」というのはその母親ばかりではなく、その母親の子どもさえ、かえりみないと宣言しているようなものではないかと思う。そのような母親も父親も何ともならない自分に苛立ち、その苦しみに同苦(苦しい状況や心情の共感的理解)してくれる人の無さに落胆しているから、攻撃の矛先を他人に向けざるを得ないのだ。もし理不尽な物言いを向けられたら、まずそういう方の思いを受け止め、対話を続ける努力を惜しまないことからスタートすべきでなないだろうか。

 「母親も苦しんでいるから、学校に言いたくなるんだよ」という私の発言に、同席していた若い女性が急に私に向き直り、「そう考えてくれる人がいるんだ。そうなんですよね。そうなんです・・・。これで少し安心できた。うれしい」と笑顔になった。その女性は実は独身に見えているが、若いお母さんだったようだ。近くやってくるだろう子育ての難題、その不安が心の片隅にあったのだろう。

 聞いてほしいと拓海君の母親は思っていたのではないだろうか。彼の母親を責める前に、聞いてやれなかった私たちをこそ振り返ってみたい。

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感謝からのスタート

校長室から・・・NO51  通算NO74

 今日深夜12時を持って定年退職となる。退職に当たってさまざま方々からたくさんの思いやりをいただいた。その深い思いやりに身に余るお心を頂き、感激と自分が住吉台小学校で校長としてその任を全うできたのかとの自戒の念が交差している。

 23日に突然職員室に私あての花が届いた。21年前に小学校1年生を担任した時の児童からのものであった。「長い学校生活を先生のクラスから踏み出せたこと幸運でした」とメッセージが添えられていた。

 20日には25年前に6年生だった子から、メールが届いた。自分の子どもが小学校卒業式だったので、私の卒業式の式辞も読んでみたくなり、学校のホームページに掲載されていた式辞を読んだとのこと。

  28日の離任式では、たくさんの子どもたちから手紙をいただいた。それには朝会の時のイソップ物語への感想が書かれていた。また、ある保護者の方からはメールで「皆さんには二つすることがある。一つは自分の幸福を築くこと、そして二つ目は、周りの人を幸福にすることです」との離任式で私が話した児童への 言葉を私の一貫した児童へのメッセージだったと感想を寄せていただいた。住吉だい鼓の皆さん、読み聞かせボランティアの皆さん、住吉台親の会の皆さんなど多くの保護者の方々等々からも過分なお言葉と花束をいただいた。

 29日にはPTA本部役員の方々が退職記念のDVDを作成していただき、その上映会もしていただいた。主婦として大変多忙な中、21分のDVD作成は大変だったことでしょうに、時間を割いて真心のDVD作成。本当にありがたい。

 30日の河北新報の朝刊の声の欄に、保護者の方が転出、退職する先生方への感謝の言葉を投稿していただいた。先生方への最高の励ましであった。

  また、30日の職員による送別会では、朝会で私が話している様子を収めたDVDと教頭先生作成の通信簿と修了証書をいただいた。その通信簿には、算数と音楽と体育の評定欄に「もう少し」がたくさん並んでいた。しかも図工にいたっては「評定不能」と記載されていた。生活の評定欄には健康管理に問題があると指 摘されていた。職員ともども大笑いした。

 そして、今日31日。元同僚や教頭時代にお世話になったPTAからお花を届けていただいた。「新しい分野での活躍を」とのメッセージが添えられていた。

 こんなにも多くの方々からお声をかけていただくことは、過分にも過分すぎて御礼の言葉もない。ただ・・・・感謝である。

  今夜12時。私は住吉台小学校の校庭で教員の最後を迎えたいと考えている。一つの区切りとしたいとの思いからである。しかし、今日今から、私は「教育のために何が自分にはできるか」、自分のこれからが大事だと決意している。子育てをしている保護者の方や先生方に少しでも役立つことを発信していこうと考えて いる。5月にはブログを立ち上げる計画を持っている。何人かの住吉台の地域の方や保護者の方々から、学校便りやホームページの「校長室から」に勇気付けられたとの声に応えたいためである。

 今私は住吉台小学校の職員に支えられてできたわずかの仕事を評価してくださった保護者の方々と教職員への感謝から新たなスタートを切りたいと思っている。

 今までこの「校長室から」を読んでいただいたこと、深く感謝をいたします。そして住吉台小学校の保護者の方々、地域の方々と職員へ、児童のために心を砕いた下さったことに心より御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

                     校長 古橋信彦

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楽観主義で

校長室から・・・NO52

楽観主義で

一人の教諭が転任してきて1年目、学級経営困難と思われる学級の担任となる。彼は見事自分の得意とするエンカウンターを駆使し、学級の温かい人間関係を創り上げる。ディベートも取り入れ、活発な論議のできる学級にした。不安を抱いていた保護者も担任に心開くわが子の様子を見て信頼度を高めた。

2年目、教室に入れない児童が集う教育相談室の担当となる。教科を教えることは難しいと判断した。サッカーをしたり、公園で虫を探したり、学区内の小川でつりをしたり、時には自宅から運んできたハーブの株を植えつけたりと様々な活動を取り入れながら児童の心との交流を図ろうと努力した。

3年目、副教務主任となり、大学生のボランティアを入れ、教育相談室に通う児童の多様な人間関係づくりを試みた。また学生ボランティアの活用を促進した。しかし、毎日が苦闘の連続であった。保護者の信頼も深まり、児童に変化が生まれた。指導を受けた児童はみな学級に戻った。そして4年目、教務主任となり職員会議改革を断行した。資料を読めばわかることを口頭でも伝えないと不安に思う教員の意識改革である。校内LANを活用し、読めば分かることを「掲示板(かわら版)」で常に流すことにした。情報に詳しい教員が活躍した。

議論しなければならない事柄と周知徹底しなければならないことを峻別した職員会議。周知徹底しなければならない重要事項は、資料で示し、口頭でも確認のため報告する。しかし、論議はしない。論議しなければならないことをひとつに縛り、論議して何を決めるのか目標を示す。論議するための会議の司会は自分ひとりが年間を通じて行う。1年間そうしなければ職員の論議にぶれが生まれ、元の職員会議にもどってしまう。会議の場の設定も変えた。司会者の立つ位置を変え、司会者の後ろには論議の推移がわかるようにホワイトボードを用意し、書き込みながら司会する。職員会議が変わった。職員が自分の言葉で意見を活発に述べるようになった。結論を得るための時間を設定し、むやみに時間をかけないことを職員に徹底した。

5年目に入ろうとしたが、彼は教頭に昇任し、転勤となった。新たな立場である。今までとは大きく違う発想が求められる。「不安だ」と彼。私も経験がある。つらい2年間を過ごしたことがある。

不安の彼に今私が贈れるのは、「過去の失敗や成功に縛られたり、未来に不安や過度の期待を持ったりするのではなく、いかなる状況にあっても、今この瞬間から、未来は必ず切り開けるという「楽観主義」。そして「現在の自分」によって、未来は決まる。だからこそ、瞬間、瞬間、自身に打ち勝ち、臆病・慢心・惰性を排し、勇気・確信・挑戦の君であれ!!」と。彼であればきっとその学校を明るく、児童の幸福を考えた学校経営をしてくれるに違いない。

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離任式

校長室から・・・・平成18年度N50 通算NO73

 あと数日で新年度が始まる。教職員 の異動も決まった。本校でも離任式が行われる。毎年10名以上の職員が転出する本校では、児童の前でのあいさつは「1分以内で」と転出する職員で申し合わせる。8年間も勤務した先生に1分以内であいさつをと制限することは何も語るなと言うに等しいと思いながらも、式全体の時間と児童の集中力を考えるとそう せざるを得ない。だから転出のあいさつは自分が常日頃願っている子どもたちへの一番の思いが自然と口に出てくる。

 離任式での転出する先生のあいさつでは、校歌の一節を引用することが多い。学校を取り囲んでいる自然を引き合いにだすことが多い。校木や自分の好きな歌や詩を取り上げることも多い。それらのすべてにその教員の児童への願いがこめられている。

教 員は子どもの心とのかかわりの中で文化遺産を伝える仕事である。教科を教える前に子どもとの心のかかわりが常に教員に求められる。かかわりは常に双方向性である。自分がかかわって相手が変化する。その変化の影響によって自分がまた変化する。だから教員は常に自分の心の姿勢がどうであるか自然に省みる。いつ も通りはありえない世界である。なにせ目の前にいるのは猛スピードで心が変化(成長)をしている児童である。本校から転出する先生もまた、日々、自分の心の葛藤を戦い抜いて来たに違いない。

 本校で数年間児童の前に立った濃密な思いをさりげなく語る転出する先生のあいさつは、児童の片方の耳から入って片方の耳から抜けていく。それが当たり前ではある。しかし、語った先生の胸中にこそ新しい任地校の児童への新たな思いがこみ上げてくる瞬間でもある。

校長 古橋信彦

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呪文

   
 

呪文

 
               
   

校長室から・・・・・平成18年度NO49  通算NO72
   
   
 「一学期には出勤途中、車の中で私は『子どもたちに愛を!』と呪文のごとく何回も唱えることにしていた。二学期に入ると今度は『諦めないぞ!諦めないぞ』と呪文が変わった」こんなことを私に話してくれた先生がいた。
   
   
  この先生は学級の児童の心と真正面から向き合う先生だ。許せない行為や理屈だけで実践が伴わない児童に『それではいけない』と真剣に説こうとする先生だ。     思春期前期の児童は、自分の理屈が認められないと猛烈に反発をしてくる。その先生は一歩も引かない。児童は「先生という立場を利用して、俺が悪いと説き伏 せようとする」とますます興奮する。「それとこれは違うぞ。今話していることは、今、君が行った行為に対して、それはいけないと言っているだけだ。理屈を     すり替えるな!」と先生も反論する。しかし、話し合いの論点はすれ違ったまま、児童の興奮だけがエスカレートする。最後に「だったら校長先生に話してみ ろ!」と校長室の戸をノックする。
   
   
 自分が納得いかないことには従わない。自分が正しいと思い込んだら、それを否定する大人はずるいと決 め込む。そんな高学年の児童がいる。保護者は日々の生活でどのように対応しているのだろうか。きっと戸惑いながらわが子の気持ちを理解しようと必死になっ     ているに違いない。このような児童の成長に伴う心の変化に先生たちもさまざまな対応をする。この先生は「それは人間として正しくない」と、はっきり児童と 向き合おうとする。そこにたまにすれ違いが生まれることがある。
   
   
 この先生は「児童の反論や反発にめげて先生ができるか、俺は逃げない」 と熱い。しかし、担任の指導に興奮し、児童の過激な発言まで飛び出すと、反論や反発をやり過ごす先生になろうかと迷いが生まれる。それを打ち消すように出     勤途中の車の中で呪文が始まる。めげそうになる自分に言い聞かせるように「諦めないぞ」と繰り返す。
   
   
 この先生は学芸会で合唱を指導し た。「こげよマイケル」「ケンタッキーのわが家」の二曲である。英語を母国語とする中学校のアシスタントテーチャーに発音指導を依頼もした。しかし練習中     はどうしても真剣になれない児童。するとこの先生は黒人霊歌の意味を児童に熱く語った。「『ケンタッキーのわが家』は黒人奴隷がよそへ売られていく黒人の 悲しみを歌っているんだぞ。ニヤニヤしながら歌えるものじゃない!」
   
   
 呪文は学級の児童にどれほど自分が愛を向けているのか自分を見つめ、そして、児童の危うい考えや行動に真正面から向き合う勇気が失せそうになる自分を叱る中身だ。私はこの先生の熱い思いと行動に教師の真の姿を垣間見る思いがする。
   
   
 この先生の話を脇で聞いていた学年主任が、「子どもには語らなくてはいけないのよね。子どもの心に入っていないと思っても語って語っていくことが大事なのよね」と深くうなずく。この学年主任も熱い。
   
   
 そんな話の最後にこの先生は「俺って、あいつら好きなのかもしれないな」とポツリ。
   
   
  今、学校も教師も社会では批判的に見られる傾向がある。しかし、本校にはこのような先生がそろっている。毎日自分を問い直しながら、児童と真正面に向き合     い人間練磨に粘り強く取り組む先生がいる。保護者もわが子が高学年になって、心の成長が始まっていることをよく理解している。この先生はともに戸惑い、迷 いながらわが子に接する保護者との対話にも努力をおしまない。だから保護者は自宅に帰ってきた子どもの担任批判を手がかりにかさにかかって担任を批判する     ことはしない。さすがである。
   
   
                    校長 古橋信彦

   
 

 

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職員室の風

   
 

職員室の風

 
               
   

校長室から・・・・・平成18年度 NO48 通算NO71
   
   
 校長としてこの一年間心に残ることは、職員室の明るさである。
   
私 が教諭だった頃に比べて日々の困難は驚くほど多くなった。20年前は困難なことにぶつかると一人自分の力のなさに落ち込んだ。生徒指導や授業の進め方をこ     ちらから求めない限り、助言する先輩はいなかった。本校では今、困難な事態を教師一人が背負うことは少ない。一人の教師の困難な事態は多くの教師の困難と 多くの点で共通する。同僚の困難は我が困難でもある。だから、親身の応援や支援を行う。
   
   
 夕方子どもが帰宅していないと連絡があれば、全 職員が自分の予定を変更して捜索に当たる。学級に指導上課題がある児童がいれば、学年の担任が全員でその子を見守り、声がけをする。保護者からの苦情があ     れば頭を寄せ合って事実を明確にし、何が原因か、対応をどうするか考える。校長も教頭も教務主任も教師たちの真剣さと誠実さに心を打たれ、力を貸そうと努 力する。
   
   
 課題をいつまでも引きずって、誰がどう解決に努力するのか不明確な職員室は暗い。本校にはそれがない。課題が無くなるわけでは ない。次から次と毎日やってくる。安寧な気持ちで一日を過ごせる教師は誰一人としていないと言ってよい。日々、時々刻々課題が目の前に提示される。それで     も本校の職員室は明るい。言わず語らずに「みんなで解決しよう」の風が職員室に吹いているからである。この風をつくったのは職員一人一人である。とりわ け、教諭の頭である教頭と教務主任、そして学年主任の力量と人間味がその風を強くしている。
   
   
 これからも困難は増え、困難は大きくなるだ ろう。本校の職員もその困難にくじけそうになったり、やる気を失せさせたりすることもあるだろう。しかし、今の職員室の風があれば「どっこい」しぶとく目     指す児童像に向けてあゆみを止めることはないだろう。地域から「さすがだね」と言われる職員室になるに違いない。
   
   
                    校長 古橋信彦

   
 

 

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あぐらをかいた自分が見えた

   
 

あぐらをかいた自分が見えた

 
               
   

校長室から・・・平成18年度NO47 通算NO70
   
   
 
   
 新入学児童保護者会を開 催した。来年度は81名の児童が入学する。この保護者会の前日、教頭を中心として会場の清掃を行い、その後説明担当の教諭が集まって打ち合わせをした。一     人分と割り当て、説明をすべきポイントを絞った。説明して分かっていただきたいことは山ほどある。しかし、ポイントを絞っても約90分かかることになっ     た。例年と同じである。その時間の長さが聞き手(新入学児童の保護者)をどのような状態にするかは想像できた。しかし、例年行っていることだか ら・・・・・。
   
   
 打ち合わせの中である教員から声が上がった。「初めて校門をくぐる人が持つ第一印象が大事だ。昇降口に案内の教員をおい て、靴の置き場や会場までの通路を元気な声でお知らせしよう。」「会場前の廊下に受付を置くと混雑するから階段を上がった余裕のあるスペースに置こう。」     「配布物がばらばらにならないように封筒を準備し、封筒の中に説明資料を入れよう。」「会場に入ったらリラックスできる音楽を流しておこう。」「説明用の 掲示物は折れて見えにくくならないように前もって張って確かめよう。」・・・・。打ち合わせに参加した担当者には「いらっしゃいませ」と保護者を温かく迎     える空気が流れた。
   
   
 保護者会終了後、保護者会を担当した一人の教員に「今日はどうだった?」と聞くと、顔をしかめて首を横に振った。 「だめです。何を話すべきかの詰めが弱かった。始まって55分過ぎに一旦説明を止めました。『この会が始まって55分。これより10分少ない45分でお子     さんたちが4こま授業を受けるのです。いかがですか』と冗談を言うと、会場に苦笑いがおきましたけど・・・・・。読めば分かる内容を時間をかけて説明して 本当にいいのだろうかと思います。重要な点をしっかり押さえて、例えば子どもが家から学校に着き一日をすごす経緯に沿って話すとか、デジカメで取った映像     で通学路を説明するとか・・・工夫が足りませんでした。」としょげた様子で私に話す。
   
   
 校長のあいさつ中で「始めてお子さんを本校に入学 させる方は挙手を」とお願いした。80数名の保護者の方の中で10数名が手を上げた。この時点で私は、今日説明を聞いてくださっている保護者の方のニーズ     をまったく捉えずに保護者会を開催したことに衝撃を受けた。少なくても四分の三の方は数年前に一度説明を聞いた保護者だ。学校だから我慢して聞いてくれ る。学校以外の説明会ならさっさと席を立てしまう方がほとんどだろうに・・・・。自分の子どものためだから付き合ってくださっているのだ。
   
   
 例年と違ったことがあればポイントを絞って全体に説明し、それが終わったら一旦保護者会を閉じ、初めてお子さんを入学させる人と希望者の方に詳しい説明をする。しかもせいぜい全体で60分以内に説明を終了する。できればメモができる机などが準備できれば・・・・。
   
   
  私たち教員は、授業で勝負すると言う。今日の保護者会は授業ではなかったのか。資料を用意して準備を終わったとしていなかったか。今日の保護者会の授業者     は誰か。校長である。私の前で「だめです」と答えた誠実な教員の背中と保護者会に来てくださった方々に向かって私は頭を下げた。あぐらをかいている自分が 見えた。
   
   
                    校長 古橋信彦

   
 

 

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ビタミンL

   
 

ビタミンL

 
               
   

 校長室から・・・平成18年度 NO46  通算NO69
   
   
 憮然たる表情の6年生が担任に連れられて、校長室を訪れた。この児童で校長室を訪れたのは何人目になるだろうか。1年間で数人、5年間でもう10名以上だろう。
   
   
  興奮気味の6年生にまず差し出すのは、特性の「魔法の水」である。来賓用のコーヒーカップに砂糖を入れ、熱いお湯を注ぐ。それが魔法の水である。ある児童     は涙と一緒に出た鼻水をすすりながらこの飲み物をふうふう言いながら飲む。「これを飲むと不思議に落ち着くから」との私の魔法に疑い深い目をしながらもふ うふう飲む。飲み終わるまで数分かかる。その間、名前を聞いたり、両親の事を聞いたり、私の小学生時代の話をしたりしながら飲み終わるのを待つ。
   
飲み終わるのを待って、「さて、どうした?」と話を聞き始める。そのころには興奮もやや鎮まって話ができるようになる。
   
   
  興奮して大声を上げたり、物に当たったりした理由のほとんどが、担任から受けた指導や注意に納得がいかないというものである。納得がいかないことを一生懸     命に私に説明してくれる。しかし、説明しているうちに不思議に指導や注意を受けた内容を納得し始める。「俺も悪かったけど・・・・」となる。そこで「そん なに簡単に納得するなよ」と私。「君の理屈は正しいと思うよ。理屈がどんなに正しくても、ただむやみに正しいと主張しても相手はますます理解しようとしな     くなったんだよね。正しいことを主張しているのに、いつの間にか、自分がだんだん不利になってしまったよね。そこのところを考えよう」と話しかける。
   
   
  思春期が確実に小学校5年生から始まっている。正義感が急に吹きだす。その正義感は相手の気持ちを理解しようとすることを阻害して、自分の作り出す論理だ     けがまさに正義であると思い込む。相手に自分の論理を理解して欲しいと強烈に思うが、相手の論理を理解しようとする気持ちにはなれない。それが思春期の特 徴だ。
   
   
 興奮し、担任の言うことが納得できない理由を私に真剣に説明している姿を見ていると、なんと頼もしいことか、なんと初々しいこと かと私のほうが嬉しくなる。しかし、毎日のようにこの思春期の正義感に付き合っている担任はたまったものではないだろう。時には、「うるさい。黙って聞     け!」と怒ってしまう気持ちは充分分かる。私は、このような興奮した6年生に出会うと未来を託すに足る大人材に出会ったように思えてならない。
   
   
  「先生や親は、先生の言うことだから聞けとか、親の言うことは聞くものだと言って、どこが違うのかどこが間違っているのか、ちゃんと話し合おうとしないん     だ」「平等な立場で話し合いをしようとしない」「結局悪者になるのはいつも俺だ」大人への不信を語りながらまた興奮する。
   
   
 「なるほど!分かるよ」「君の論理の運びは正しいと思うよ。論理はある前提から始まる。例えばこの花は赤い。だから・・・と論理を運んでいく。花が赤いというのが前提だよ。今日の君の論理の運びは正しいと思うよ」
   
 「中学校では、先輩と後輩がいる。高校も同じだ。社会に出れば係長や課長がいる。平等というけど、これから君が出て行く社会は、そういう構造になっているんだよ」
   
 「そういう社会で尊敬されるのは、きちんと自分の意見を言える人だよ。はい!はい!と従っている人はみんなからかわいがられるが尊敬はされないよ」「君は自分の考えを伝えようと必死になった。それが尊いと校長先生は思っているよ」
   
   
  「大人はいくつかの壺を持っているんだ。第一の壺。それは相手が言ったことを貯めておく壺。今反論しても聞き入れられなさそうな時、この壺に入れておく。     あとから時を選んで取り出す。第二の壺は、聞き流す壺。これは底に穴が空いている。反論や、議論しても無駄なことは、この壺に。そして、もう一つ。第三の 壺。この壺は底が鏡で、柔軟な動きのできる不思議な壺だ。考えを主張している自分の姿を映し出したり、相手の主張の裏側にあるものを映し出したりする。何     せ、壺と言ってもこの壺は長くなったり、短くなったり、自由に動き回る壺なのだ。この三つの壺を持っている人を大人というんだよ」
   
   
 こん なことを話していると興奮していた6年生も穏やかになって、素直な目になる。そんな6年生に私は「いいかい。君は大人とぶつかってどんどん傷つきなさい。     そして何が正しくて、何がごまかしなのかをしっかり見て欲しい」「尖ったところのない少年や青年では期待できない」と伝えたくなる。そして、「第三の壺を 持つ大人になって欲しい。第三の壺がなければただ強く自己主張するだけの大人になってしまうよ。今の君がそうであるように」とも伝えなければならない。ま     た、論理の運びが正しくても、花が赤いと思っているのは君だけかもしれない。ほかの人から見たら、ピンクに見えているかもしれない。論理の前提が思い込み だったら・・・・」とも伝えなければならない。
   
   
 第三の壺はどうすれば手にいれられるか。第二次世界大戦でドイツの強制収容所に入れら れ、辛くも生き延びた人が「あの過酷な日々を、からくも生き延びることができたのは「ビタミンL」(=文学)のおかげだった」と語った。文学は過酷さに負     けず、自分を見つめ、正義と何かを理解する力となる。ビタミンLは、思春期真っ只中の6年生に飲ませたい。きっと第三の壺を手に入れることができるだろ う。校長室の魔法の水は偽物だが、ビタミンLは、本物である。
   
   
                      校長 古橋信彦

   
 

 

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大雪に身構える

   
 

大雪に身構える

 
               
   

校長室から・・・平成18年度NO45 通算NO68
   
 
   
 いつ来るか、いつ来るかと身構えをまだしている。大雪のことである。暖冬とはいえ、必ず数回大雪が仙台西部に降るはずだとの思いは確信ですらある。
   
   
  5日ほど朝7時50分から30分間、ちょうど泉ヶ岳が見える交差点に立った。泉ヶ岳の姿が日々違う。しかし、山全体がまだ雪に覆われず、霧と見紛う雲に頂     上付近だけぼんやりと覆われた姿、朝日にスキー場だけ雪が白く輝き、山全体はむしろ黒々としている姿、凛とした寒気はどこに行ったのかと思う日々の姿では ある。
   
   
 例年より平均気温が高いとの報道があった。大雪が必ず数回は降るとの私の確信も揺らぐ。このように気温が高く、泉ヶ岳が黒々とし ていると春隣(はるとなり)の言葉を思い出す。「春近し」と同じ意味の季語である。もう10日で節分、そして次の日は立春だから、暦の上ではまさに春が隣     に来ている。しかし、暦の上では春になっても、まだ当分は名のみの春。そして、春隣の感じや思いはなおも続き、そのうち春の大雪がきっと降る。私はま     だ大雪のため通学路上で足を取られる児童の姿や通学路の除雪に大汗をかく姿が思い浮かび、その呪縛からやはり逃れられない。
   
   
数年前の新聞 のコラムに「今年は暖かいせいか椿の早咲きが目につく。濃緑のつややかな葉陰に、ヤブ椿が燃えるように咲いている」とあった。それは12月中旬の新聞であ     る。宮城県東北部にある島、大島では椿マラソンがある。4月中旬である。だからいくら寒椿とはいえ、3月ころに咲き始めるのだろう。しかし今年は2月中に 咲いてもおかしくない。
   
   
 さて、春隣とか春近しの椿とうかれていいのだろうか。一番厳しい寒さは2月。通学路も校庭も真っ白に埋め尽くす 大雪よ、来るならこい!!!大雪と戦い、寒風に耐えて人生の根を深く張り、心を輝かせればいい。3月の卒業式、修了式には、晴れ晴れとして本年度の学習を     終わる子供たちの姿を思い描けば勇気が出てくる。
   
   
「花咲いておのれをてらす寒椿」(飯田龍太)。きょうも「今いるその場」で自分らしく、道を進みたい。
   
   
                    校長 古橋信彦

   
 

 

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もし連絡がなければ・・・

   
 

もし連絡がなければ・・・

 
               
   

校長室より・・・平成18年度NO44 通算NO67
   
   
 本校に隣接する郵便局に強盗が入った。3時40分頃である。丁度委員会活動を終えた5,6年生が下校する時刻である。犯人が逃走しようとする場面を目撃した児童もいた。一人の防犯ボランティアの方(保護者)は息子が「強盗かもしれない」と家に駆け込んできたのを見て、すぐに現場に走った。そして、他の児童の安全確保のため、この方が学校に連絡を入れてくれた。
   
   
もし犯人が団地内に逃走したとすれば、学校の門や扉を固く閉ざし、児童の安全を確保する。団地外に逃げたとすれば、児童の不安を除去するためにも教師が付き添っての一斉下校を行うか、保護者の引き取りを促す。そして、保護者に状況と対応を知らせる努力をする。
   
   
 連絡を受けた教頭は、下校準備をしていた校内の児童を学校にとどめ置くと共に、教師を集め集団下校対策を直ちに取った。そして落ち着いた頃を見計らって教師が先導して一斉下校を行った。
   
   
 その後、児童の安全を確保するためと心的ケアのための対策を職員と共に立案し、市教育委員会とも協議して決定し、緊急連絡網を使って保護者に連絡した。
   
   
 このような対応をとれたのはただ一つ、地域の方(防犯ボランティア・保護者)が素早く学校に連絡を入れてくれたからである。連絡が入らなかったら何もできずに放置してしまったかもしれない。その結果は想像もしたくない。また、事後の対応を検討しているとき、PTA本部役員の方から、保護者がどんな不安を抱いているか情報が寄せられた。保護者の実際の声は学校の事後対応のあり方の大きな裏付けとなった。
   
   
組織の命脈は「報告・連絡・相談」だと言われている。組織にとって都合の悪い報告や上司に叱責される内容の報告が一番早く流れる組織は、発展する組織だとされている。よく「悪い報告は一番早くせよ」とものの本にある通りである。児童の安全確保も同様に「児童にとって命の危険が伴うような内容」が最も早く流れる学校や地域が安全なのだ。
   
   
今回の事件よって、本校地域の安全確保の最も重要な部分(地域の方や保護者の方の安全意識)がしっかり機能している事が分かった。しかし、常に油断無く情報を共有化できる努力を惜しんではならない。

   
 

 

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「芋たこ なんきん」の徳永先生は

   
 

「芋たこ なんきん」の徳永先生は

 
               
   

校長室から・・・平成18年度NO43 通算NO66
   
   
 本校のスポーツ少年団は、多くの大会で大活躍している。サッカー、野球、バスケットボール、バレーボールなどなどである。大会が終わると子どもたちが賞状を抱えて校長室を訪れる。どの顔も晴れ晴れとして笑顔である。二つの昇降口においてある棚はその賞状や盾、トロフィーでいっぱいである。賞状棚に飾ってあげようにももう限界である。
   
   
 今年度着任した教頭は、地域の方々が善意と熱意でスポーツ少年団の児童を育んでくださっていることに敬意と感謝の気持ちを強く抱いている。日曜日であれ、祝日であれ、大会が開かれると聞くと、教頭は児童を励ますために時間を割いて駆けつけている。日ごろ、朝7時20分には学校を開け、夜は8時過ぎまで仕事に追われている教頭である。日曜日ぐらいはゆっくりして欲しいと校長は心配になる。その教頭が技師にある工事を指示した。それは昇降口の壁上部にスポーツ少年団が獲得してきた賞状を掲げるゲージの取り付けであった。教頭は「努力してきた結果をぜひ宣揚したい」と私に語った。そしていつもの口癖である「地域の協力があっての学校ですから」と付け加えた。
   
   
 一つのスポーツ少年団が賞状を獲得してきた。いつものように校長室を訪れ、試合の様子を報告してくれた。誇らかに賞状を見せてくれた。教頭は掲示するためには賞状額を用意する必要があることを子どもに伝えたようだ。学校ではスポーツ少年団のために賞状額を購入する予算はない。
   
   
 翌日職員室に入ると教頭の顔が曇っている。「賞状額を用意するように話したことが誤解を受けたようだ。無理解な教頭と非難された」と言う。私は「動けば顔に風を感じるものだ」との言葉を思い浮かべた。教頭が動いたからこその非難である。何もしなかったら起きなかった風である。
   
   
 このようなことは担任が日常的に経験していることである。ある学年は、12月まで33回(月平均3回)も学年便りを発行しているにもかかわらず、学年便りを数回しか発行していない、怠慢であるとの非難を受けたこともある。学習に集中できない児童が立ち歩き、指導に苦慮しながらも辛抱強く対応していた担任は、児童が立ち歩く姿を数回見た保護者によって指導力がないと非難されたこともある。
   
   
 これらに共通なのが父親からの非難であるという点である。いつの日からか、学校に日常的に出入りしない父親が強烈な言葉で学校を非難することが多くなった。ある人が「父親の母親化」と表現した。母親の愚痴を聞いて、ここは出番とばかり表面に出てくる現象だという。常日頃、母親に任せきりの現状を一気に払拭せんと勢いづくからであるとはある心理学者の言である。
   
   
私はそう思わない。教育が今まで通りではゆきづまりが来ている。自分の子どもの教育にもっと関心を寄せなければならないとの思いが父親の中に芽生えてきたからに違いない。だからこそ、意見を学校に伝えようと行動し始めているのだと思う。
   
   
 しかし、ここで考えて欲しいことがある。えてして教育への発言には、原体験主義というのがある。自分が受けてきた教育体験をもとにして発言することである。受けてきた教育体験は様々であり、原体験主義は、自分の体験のみを原点とする危険性がある。今は、教育内容も変わってきた、児童の実態も変わってきた、何より豊かな日本社会になってきた。それらのことを知った上で考え、十分に学校の教師と対話しようとの勇気を持ってほしいのである。夜でも日曜日でも対応はしていくつもりである。
   
   
 NHKの朝の連続TVドラマ「芋たこ なんきん」に登場する徳永医師が、妻に苦言を呈する場面が時折登場する。その時の発言である。それはいつも「即断するな」「事実を確実に把握することが大切だ」「社会に子どもや作品を出すことはリスクを伴うことを覚悟しておけ」という内容である。父親が家庭を守り、導くこととはこういうことだと感じさせられる。
   
   
 今学校は父親の協力が必要な時である。父親の社会性や判断力や専門性が学校に持ち込まれれば、より教育の充実につながる。現にスキー教室や野外活動で父親の力が発揮されている。また、「おやじの会」が結成されている学校も数多い。私は、上記に挙げた例は今後父親の力が学校教育に生かされる胎動のように思えてならない。父親にもPTAの活動や教育活動支援などを通じて学校に関わっていただきたいと願っている。
   
   
 文中母親を侮辱するような表現がありますが、一般的に言われていることを引用したに過ぎないことをご理解ください。

   
 

 

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どんな施策よりも一枚の年賀状(いじめに思うNO8)

   
 

どんな施策よりも一枚の年賀状(いじめに思うNO8)

 
               
   

校長室から・・・平成18年度NO42 通算NO65
   
   
 いじめ問題がマスコミに大々的に取り上げられて以来、本校のいじめに対する考え方、本校の対応方法、保護者への協力の要請、いじめに関する朝会講話内容などなどをこの「校長室から」に掲載してきた。しかし、もっとも大事なことがあることは分かっていた。
   
   
 過日、あるお父さんからFAXをいただいた。「自分の子どもは学校に行けなくなって久しい。お正月になり、年賀状が届き始めると、『私には来ていない?』と毎朝聞くようになった。担任の先生からはいただきました。しかし、クラスの友達からは一通もまだ来ない。どうか校長先生も年賀状を私の子どもに出してください。」
   
   
 私は、電気で打たれたような思いがした。校長になった時私は、「一番苦しんでいる人、悩んでいる人のために何をするかが私のもっとも大切にする仕事だ」と決めていた。
   
前任校では、前年度に何の説明もなく廃部にされたブラスバンドを新たに復活させること、不登校のために保健室に通う児童に会話や学習の機会を増やすことなどに力を入れてきた。ブラスバンドは地域の方や保護者の方、指導者の全面的協力をいただき、見事に復活した。保健室に通っていた不登校児童には、宮城教育大学大学院の学生ボランティアが手を差し伸べてくれた。
   
   
 住吉台小学校着任後、不登校児童のための居場所(通称:教育相談室)を教育委員会の支援で校内に確保、宮城大学の4人の教授の協力を得て、学生ボランティアが来校するようになった。また、教職員の協力を得て相談室担当の教員も配置、また、新任で本校に着任した教頭の努力で不登校の親の会を発足、中学校のカウンセラーの全面的協力と親の熱意で悩みを語り合える場として4年間も機能してきた。
   
   
 校長は課題解決のための施策をつくり、その施策を実のあるものとして実施していくのが仕事である。しかし、この考え方には大きな落とし穴があった。施策をつくり実施して事足れりとしてしまう落とし穴である。校長は教育者としてまた人間として、どう自身が振舞うか、行動するかも問われている。如何に施策をつくり、実施しても、一人の人間としてどう振舞っているかが眼目なのだ。
   
   
 FAXをくださったお父さんとは昨年、日曜日に校長室で語り合いをしたり、担任と一緒にお父さんの職場に行って話し合ったりしていた。しかし、このお父さんは、もう一歩人間味のある校長の振る舞いこそ、子どもと親への最大の激励ではないか、校長自身が一枚の年賀状を書いてこそ、初めて悩んでいる人に寄り添う校長と言えるのではないかと指摘してくださったように思う。「どんな施策よりも一枚の年賀状」である。
   
   
 私は、いじめ問題も不登校への対応も子どもと直接関わっている先生の使命感こそ、根本的な問題であると考えている。その使命感とは何か、それは「先生の真剣さ」である。真剣さは「仕事の範疇から抜け出す行動」「常識の範疇から抜け出す行動」「もう一歩あの子のためにとの行動」である。私にはそれが欠けていた。
   
   
「どんな施策よりも一枚の年賀状」・・・・自戒の念をこめてこの言葉を胸に刻んでおきたい。

   
 

 

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大きな支えを持つ本校

   
 

大きな支えを持つ本校

 
               
   

校長室から・・・平成18年度NO41 通産NO64
   
   
 本校は大きな支えを持っている。当然仙台市教育委員会は全面的に本校を支えてくれている。特に特別支援教育では、他市町村から視察が訪れるほど充実した施策をとっていただいている。仙台市立だから当然といえば当然だが、市内には123の小学校があり、市の財政もあり、実はそういかない場合が多い。学校と教育委員会との情報の共有化が緻密になされなければ、市としても動けない。
   
   
 大きな支えとは、公的機関以外の支えである。
   
5年前着任した私に社会学級(小学校区を単位にした社会教育学級)委員長が、読み聞かせ講師育成の講座を開いているので、実践の場として本校を提供していただけないかとの話があった。講座を受講しているのは、ほとんどが本校児童の保護者である。早速読み聞かせを実施していただいた。毎週月曜日、朝8時30分から15分間。これが読み聞かせの方々の活動時間である。読み聞かせが終わると担任に対しての報告書作り、次週の担当の確認、読み聞かせる本の情報交換、ほぼ午前中はそんな時間で終わってしまう。それが約4年半、実践は継続されている。読み聞かせメンバーは毎年20名数名である。
   
   
学校に突然侵入して児童を殺傷する事件、通学途中に小学生が殺傷される事件などが続発した時期があった。学校の職員だけでは児童を守りきれない。登下校の児童の安全を確保するためには地域の方々の応援を依頼するしかない。連合町内会の理事会に出席し、防犯ボランティアの募集を呼びかけた。連合町内会とPTAも賛同していただき、発起人になっていただいた。町内会毎に人数を割り振る学校もある中で、あくまで自ら手を挙げていただく、まさにボランティアを募集した。今では、20数名が防犯ボランティアになっていただいている。
   
   
「校長先生、長いメールが来ました。」教頭先生がA4版7~8枚のコピーを持って校長室に入ってきた。防犯ボランティアの方からのメールである。この防犯ボランティアの方は、長年安全生成管理者として仕事をされた方である。メールは児童が使用するある横断歩道の危険について詳細にわたって記述したのもであった。本校開校以来、その横断歩道での事故はない。しかし、いつ事故が起きても不思議ではない状況であることがそのメールにしたためてあった。学校では早速対策をとった。
   
   
 5年前着任早々、職員室の前で大声で泣いている1年生がいた。教室に入れないという。教頭をはじめ、多くの先生が教室に入れない児童に対応していた。しかし、授業や仕事の合間の対応である。児童数1000名を超える学校である。養護教諭も教室に入れない児童に対応したくても対応できずに難渋していた。職員の了解を得て、大学生のボランティアを要請することとした。現在、宮城大学、宮城教育大学の学生が週4~5名が校内で活動している。宮城大学では4名の教授が学生をサポートし、本校との連絡協議に当たっている。宮城教育大学は、本校学区内に住む学生や宮城教育大学で講師をしている本校の教諭の講義内容に打たれた学生が進んでボランティアを引き受けてくれている。
   
   
 「今日は学校に来られない子に手紙を作成しています」宮城大学の学生が明るい声で作業している。不登校児童への対応も学生ボランティアにお願いしている。保健室の隣の教室は、学級に入れない児童の部屋である。一時期は3名の児童が毎日その部屋で活動していた。担当教諭もその部屋に配置した。しかし、学生ボランティアが来校するとその部屋は一気に明るくなる。活動の幅も広がる。その部屋にも来られない児童には「おたより」が作成される。
   
   
 「今日は特別支援学級3学級のうち2名の先生が出張です。校長先生も授業をお願いします」教務主任の指示で学級に出向いた。3学級とも静かに学習が行われている。入ってみると補欠に入った先生の傍らで、学生ボランティアが一人の児童を個別指導している。そばでその様子を見ていると、児童の実態に応じた適切な対応をしている。学生とは思えないほどの落ち着きと児童への対応である。
   
   
 保護者による読み聞かせ、地域の方々の防犯ボランティア、大学生による児童支援、今本校は、公的機関以外の支えを受けている。子どもたちのために何かできないかというこの方々の支えは本校の大きな財産である。この方々の学校支援の目的は、ただ子どものためにできることをすることである。それ以外の目的はない。まさに「教育のための社会」の縮図を見る思いである。

   
 

 

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学校に任せられない

   
 

学校に任せられない

 
               
   

校長室から・・・平成18年度 NO40 通算NO63
   
   
 仙台には以前文部科学省から派遣された女性の教育長がいた。退任の挨拶を今でも鮮明に覚えている。当時私は校長になって2年目であった。
   
曰く「私は、省におりましたときからもっと学校に任せることが大事だと考えておりました。しかし、こちらに教育長として着任し、仙台市教育委員会事務局の方々にお聞きしますと、それでは駄目だというのです。退任に当たって私は今、教育委員会事務局の方々の方が正しかったのではと思うようになりました。」私は、非常に驚くと共に馬鹿にされた悔しさで胸がいっぱいになった。その教育長が淡々と語れば語るほど、「あなた方校長は無能でしたね」と指弾された思いで悔しさは大きくなった。
   
この教育長からは、校長になって数度合同校長会で話を聞いた。現場にいる私たち校長を信頼し、激励をし、また、教育行政のあり方、教育の理想を語っていた教育長である。
   
   
何人かの校長にこの衝撃を伝えると、同席していたにもかかわらずあまり記憶がないという。淡々と挨拶されていたので印象に残らなかったのだろう。しかし、そのような同僚校長にも衝撃を受けた。
   
   
今、教員に対して外圧が厳しい。なぜ外圧が厳しくなったのか。これは私たち教員が真剣に問うべき問題である。
   
   
世界は大きく動き、日本はホワイトカラー エグゼンプションを導入しなくてはならない状況に至っている。大企業ですら時間外手当が払えない時代になっている。私は世界の経済状況について知識はないが、かなり行き詰まっている日本の現状は伝わってくる。だから、学力低下は日本にとって危機的なことである。日本が世界の中でどう生き延びていくかは、ひとえに教育にかかっていると危惧する声が大きな渦になって日本を覆っている。
   
   
教育はその時代の社会の要請によって大きく左右されてきた。教育はその国のためにどのような人材を育てるかが目的とされてきた。戦後、教育勅語から教育基本法に移るとき、教育の目的を「教育は、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者として、・・・」と高らか理念を掲げた。しかし、現実は戦後の悲惨な日本の現状を変えるため、高度成長を支える高学歴と学力を持った社会の人材を求めた。そして、高邁な理念をよそに受験戦争に突入した。そして、50年。その弊害と非人間的な状況を抜け出し、知識の量より創造性を育むことを掲げたゆとり教育。それも瞬く間に崩壊。今、また知識の量や技能を求められ、今教育改革が行われつつある。
   
   
「国や社会のためにどのような教育をするか」という視点は明治以来このように変化がない。何のための教育か。牧口常三郎という明治の教育学者がいる。牧口は教育の目的を「こどもの幸福」とした。そして、社会のみの利益を考えて、「被教育者(子ども)を其手段視する事は結局二者共に破滅の淵に臨むものである」と指摘し、「教育のための社会」をつくることを主張した。「教育は手段ではない。大事な目的なのだ」と説を唱えた。そして、国のため死を厭わない教育を進める軍部から弾圧を受け、牧口は獄死した。
   
   
教育改革の基本を何に置くか。子どもたち自身の「幸福になる力」を引き出すために、大人に何ができるか。「社会のための教育」から、「教育のための社会」形成に発想を転換することが最も大事なことではないだろうか。
   
   
今こそ社会のために教育を手段化した愚を見直し、「教育のための社会」へ、責任ある大人が教育を人任せにせず、自らが実践していくときだと考える。まず、大人自身が成長すること。そして、子どもと共に成長していくことが求められている。その実践の先頭を走らなければならないのが教員である。教員への批判は、教育の目的を忘れ、使命感を喪失し、自身の成長をおろそかにした姿に対してなされているのだと考える。
   
   
仙台市の女性教育長が、言外に「学校(校長)には任せておけない」と言って、文部科学省に帰っていった。今、私たち校長は、このようなことを二度と言わせない学校づくりをしなければならない。教育改革急を告げるときだからこそ、現場で地道な実践を積み重ね、こどものための学校づくり、教員育成に取り組まなければならない。

   
 

 

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「亥」の勢いをもらって

   
 

「亥」の勢いをもらって

 
               
   

校長室から・・・平成18年度NO39 通算NO62
   
   
 あけましておめでとうございます。本年が皆様方にとって幸多き一年になりますことご祈念申し上げます。
   
   
 元旦の楽しみは何といっても年賀状が届くことです。普段はお付き合いもない昔の同僚や先輩方のお元気そうな様子を伝える年賀状。20年も30年も前の教え子たちから自分の子どもの写真入りの年賀状。懐かしさと共に互いに一年に一度、無事を祝うことができる幸せの一時です。
   
   
 年賀状の絵柄はたいていその年の干支をデザインしたものが多い。しかし、今年いただいた年賀状の半分は干支が描かれていませんでした。どうデザインしてもかわいらしくならないと嘆いていた妻の言葉を思い出しました。その中でイノシシを見事にデザインした才能ある方々の作品は、なるほどこう描くのかと私を唸らせました。親子のイノシシ、鼻で独楽を回すイノシシ、湯船に入って癒しを楽しむイノシシなどなど。イノシシのデザインに匙(さじ)を投げた私などあの大きなイノシシの鼻で笑われた感じさえしました。
   
   
 さて、「亥」は、漢和辞典によれば象形文字で、解字として豚の骨格をたてに描いたもので、骨組み、骨組みが出来上がるの意味だそうです。だから骸(骨組み)や核(果実の殻や芯)の漢字となると解説されていました。
   
 そこで、「亥」を含む漢字をいくつか拾ってみました。
   
咳(ガイ)・・・・・咳(せき)の速さは時速160㎞?。
   
刻(コク)-時刻・・・・・時の流れは速く後戻りはしない。
   
劾(ガイ)-弾劾・・・・・悪事を厳しく攻め正す。
   
駭(ガイ)-震駭・・・・・驚いて全身がすじばる。
   
該(ガイ)-該当・・・・・全体がほぼそれにあたる。
   
 このように見ると、「亥」は勢いがあり、張りつめた厳しさがあり、引き締まった瞬間を連想させます。
   
   
 教育改革を皆さんが注視しています。私たち教育に携わる者が今まで通りと保守に堕していては保護者の方々の信頼を得られません。また、新しいものを求めているだけでも同様に信頼に繋がりません。住吉台小学校全職員で、「亥」の勢いと真剣さで信頼される教育を着実に構築してまいります。どうかよろしくお願いします。

   
 

 

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1月1日の社説を読む

   
 

1月1日の社説を読む

 
               
   

校長室から・・・NO38 通産NO61
   
   
 元旦3大新聞の社説を読み比べてみた。朝日、読売とも憲法9条がらみの内容であるが、主張はまるで反対である。
   
 
   
 読売は、「タブーなき安全保障論議を 集団的自衛権『行使』を決断せよ」の見出しが象徴するように、核保有は現実的ではないから米国のかさを確かに機能させるために集団的自衛権を行使できるよう憲法解釈を変更することを主張している。
   
   
 一方朝日は、自衛隊のイラク撤退で『一発の玉も打たず一人の死傷者も出さなかった』との小泉首相の言を引き、それは憲法9条があったからだとし、名実ともに軍隊を持っていたら英国軍と同じになったのではと危惧しながら、自衛隊はどこまで協力し、どこで踏みとどまるか。「憲法の制約」というより「日本の哲学」として道を描きたいと主張する。そして、戦後日本の得意技を生かして、地球貢献国家を宣言してはどうかと格調高く打ち上げてもいる。
   
   
 毎日は上記2紙とはまったく論点を異にしている。『世界一を増やそう』との社説。日本製の世界一が私たちの豊かな暮らしのモトだとし、技術革新を進めることを主張する。そしてその基盤となる冒険できる安全ネットの形成という視点の重要性をあげている。
   
   
 私たち地元紙の河北は、「ぼんやりした不安」/国と自分を見つめ直すときと題し、芥川龍之介の言を引いてぼんやりした不安を抱きながら年を越したと書き起こしている。そして、成長期から成熟期に移ろうとする今、国と自分を見つめ直したい、ぼんやりした不安とじっくり付き合いたいとまず冷静な姿勢を求めている。
   
   
 ともかく、時代は大きな曲がり角にさしかかっている。戦後日教組が『教え子を戦場に送り出さない』との悲痛な叫びからスタートした。日教組に一度だに組しなかった私でさえ、この叫びは永遠の原点だと思っている。
   
   
 家庭では「やられたらやり返す」ことを教えていますと言う母親がいる。守りを固めながら、やられないようにする文化を持つことを教えるのが母性ではないか。国家とて同じこと。文化教育の国になることが目指す方向でなくてはならない。
   
   
 近隣の国々が核を持ったからとして、自国の危機を煽る報道機関と言論に惑わされてはならない。ある識者が、『殺される不安を考える前に、殺す側になることを想念すること」を先にするべきだといった。危機感で人を動かす人がいる。しかし危機感を煽る論理は必ず危険性があることを忘れまい。

   
 

 

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いじめに思う(7)

   
 

いじめに思う(7)

 
               
   

校長室から・・・NO37 通算NO60
   
   
 NHKラジオ放送でいじめ相談を行っていた。相談の一部にいじめられている子どもに直して欲しいところを学級全員に書かせるアンケート調査を行ったという例があった。とんでもないことである。一人対複数はどう見ても複数が有利であり、一人はその圧力に押しつぶされ、素直に反省し改善しようとの意欲もわかない。完全にいじめを助長する行為である。
   
   
 いじめられる子どもは他の子どもに違和感が有ると指摘される。誰でも違和感があると言われれば有るのが当たり前。人と違うものを持っていない人などいない。しかし、誰か一人が「あいつは変だ」と言い始めると皆が本心からそう思っていなくても同調したふりをする。
   
   
 今までは、違和感があると言われた子どもに、周りの子どもたちはどのように関わってきていたか、周りの親はどう言い聞かせてきたか、周りの大人はどう関わってきたかを思い出す必要がある。
   
   
 いつも鼻をたらしている児童には、席が隣の子どもや班の子どもがちり紙を渡していた。朝ごはんを用意してもらえず、給食のお替わりを猛烈にする子どもには先生が自分で弁当を作ってきたり、そっと宿直室で食べさせたりした。席を立って教室を出てしまう子供には友達が休み時間にノートを見せながら教えていた。友だちの欠点を言いつのると親や教師から長所を見ることの大事さを指導された。自分が欠点ばかり指摘されたらどうかと自制を促された。確かに欠点をからかう子どももいた。しかし、からかった子どもは学級のみんなから弱いものいじめといってしかられた。自分より弱い立場にある子どもは必ず守ってくれる学級の友がいた。
   
   
 そのようなことが人間として当たり前のことであり、特段のことではなかった。これは親が学校に行く前にしっかり、または厳しく教えていた。
   
   
自分のことで恐縮だが、服装が極端に汚れた子どもを私が指差して「汚い」と言った。母は急に私の顔に自分の顔を近づけて、人を指差すことは無礼であること、汚いわけはその人が悪いわけではない別のわけがあること、そのような人をあなたはどのように助けるかと考える人になって欲しいと厳しい表情で教えてくれた。今でもその時の状況は写真のようにすっかり頭に焼きついている。このように弱いものいじめは人間としてもっとも恥ずべき行為として親は子にしっかり教えていた。
   
   
 教師は、何が悪いことかを学級の中で教えようと必死になる。学級であった友人関係のトラブルを取り上げて、そのつど人間関係のつくり方やルールの確認をする。しかし、その指導が終わった後、教師は指導を受けた子どもの親が今日の指導を受け止めてくれるかどうか不安になる。あった事実と指導した内容を電話で報告する。すると、なぜ自分の子どもがそのような指導を受けなければならないのか、自分の子どもがそのような行動をとったにはわけがあったはずである、相手にも非があるはずだ、事実の確認を再度求めるなど、教師が善悪を指導することをためらうような反応が返ってくることが多い。
   
   
電話で1時間説明をしても理解していただけない場合もある。自分の子どもが教師の注意を受けることは親自身を傷つけられることだとも言いたい様子の親の反応に教師は、無力感を感じてしまう。ましてや子どもどうしが和解しているにもかかわらず、親どうしの諍いに発展してしまう例は、「見て見ぬふりをした方がまし」との教師としてあってはならない思考の扉を開けることに繋がる。
   
   
教師は子供どうしのトラブルを人間関係形成の学びのよき機会としたいとの思いがある。それができにくい状況が教師の意欲を削いでいる。当然教師の事実確認は正確を期すよう努力すべきである。しかし、小学校の児童は事実をありのままに報告しないことがある。当然自分を守るためである。そのため事実の把握が不十分になることもある。また、学校で話したことと親の前で話したことが食い違うのも小学校の児童にはありがちなことである。これらを含めて、教師と親が子どもどうしのトラブルを人間関係形成力を学ぶよい機会と捉えて共同歩調をとることが必要である。
   
   
「自分の子供を守ることができるのは親しかいない」という言葉が、間違って理解されていると感じざるを得ない。「子どもを守る」とは、転んでも自分で立ち上がる力を育むことである。突き放す厳しさと悲しみや苦労を分かってあげる受容性を持って、子供を人間として強く正義感のある人間に導くことである。そのために多くの人の力を借りることである。
   
   
 我々教師は、親の子を思う心情に思いを寄せながらも私たちの使命は、正直や勇気、思いやりを持った人間を育てるのだとの信念を持った上で対応することである。誤解が生まれてもそれは後で分かってもらえると楽観主義でいくことが大切だ。
   
   
 そして、何よりも教師と親が直接あって、互いの考えを語り合えば、ほとんどの問題は解決する。不思議に思ったら、疑問に思ったら互いに会うことが解決の一歩である。顔と顔を見合わせながらなら、子どもの幸せを願う教師と親だから共同歩調をとることはたやすいことだと考えている。子どもをどのような人間に成長させるか、未来を見ていれば必ず互いに感謝しあえる関係になると信じている。

   
 

 

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いじめに思う(6)

いじめに思う(6) 

                   

校長室から・・・NO36 通算NO59
   
   
 いじめ自殺が報じられて始めたころのマスコミは、いじめを発見できなかった学校への非難で紙面もTV画面を覆われていた。その勢いは数週間続き、教育関係者はいつかは我が身とばかり、自校の対応に神経をとがらせていた。
   
  自殺する校長も出始めた頃、非難の矢は教育委員会や文部科学省に移り、教育再生委員会や文部科学大臣までもがメッセージを発するようになった。報道が決し てなされないのは、自殺に追い込むほどのいじめをした児童生徒とその親の考えと行動であった。少年法という壁がマスコミをして尻込みさせたというが、今ま での報道は、どこか偏った見方を世間に植え付けてしまったことは否めない。
   
   
 学校はいじめをしている児童生徒とその親に真正面から向き合っている。そして、マスコミが尻込みするほどの難しい壁とその対応に日々せまられている。
   
   
 いじめ報道も下火になってくると、マスコミはコメンテーターといわれる人々に「どれほどのことがあったか分からないが、死ぬことはないのだ」「人間関係の中にはありがちなことだ。」「いじめは生きている限り必ずあるものだ」と言わせている。
   
   
  「人生はいじめなどの中でもたくましく生きなければならない」とのメッセージは、いじめにあって自殺まで思い立った子どもに「弱いあなたではダメだよ。強 いあなたになりなさい」とのメッセージとなり、結局、今いじめられた児童生徒が「自分が弱いのが悪いんだ」との短絡的な結論を出すことに繋がるのではない かと危惧している。今いじめに遭っている児童生徒に「たくましく生きよ」と言うより、「いじめている方が100%悪い」「あなたを必ず守る」とのメッセー ジを送ることではないか。そして「いじめのつらさを分かっているあなたこそがいじめに遭っている人を救うことができる人なのだ」そして「あなたこそ人のた めに役立てる大切な存在である」とのメッセージを送ることではないか。
   
   
  マスコミは、何がこのいじめ問題の本質か見失おうとしている。いじめ問題は、「不正義との不断の戦いを決して怠ってはいけない。戦いを止めたとき、不正義 は大きく勢いを増して正義に挑みかかる」「戦わずして訪れる平和などない。平和は、不断の不正義との戦いがあって保てるものである」ということをどこかに 忘れて、「4000年前から中国では賄賂があった。ことほど左様にいつになっても収賄があるし、人間社会には付き物」と不正に対して鈍感になっていく姿勢 にどこか似ている。
   
   
  今、いじめに出会った私たち教師は、「いじめは悪である」「自分はいじめたつもりではないと思っても、受ける側が孤独感や疎外感を強く感じるなら、それは 人としてしてはいけない言動をしていることになる」「一人に対して複数で暴力をふるったり、悪口を言ったりすることは悪であり、人として許されない行動 だ」ということを教える絶好の機会とすることである。いじめられる側にも問題があるなどとみじんも思うことがあってはならない。いじめられる側の問題をい じめられる理由の一つと考えた瞬間、不正義を一つ許すことになっていることに思い至らなければならない。
   
   
 弱い者をいじめるのは権力を持つ者の中に潜む魔性である。その魔性と戦うのが教師である。暴力を持って人を威圧したり、暴力的言動をふるったりする者は魔性の姿である。
   
   
魔 性と表現したのは、いじめた人そのものを指しているのではなく、そういう行為をした人の内面にある非人間性を指している。どの人もその非人間性を持ってい る。しかし、それを自ら戒め、人のために行動していくことができるようにするのが教育である。現にいじめる側にあった高校生が良き教師に出会って、いじめ を受けた生徒の最大の味方に変わったという事例が報告されている。
   
   
 いじめた側もいじめられた側も共に「弱いものの見方になる力」がある。それを信じて、教育にあたりたい。

   

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手を入れない広葉樹林

   
 

手を入れない広葉樹林

 
               
   

校長室から・・・平成18年度NO35 通算58
   
   
北海道の釧路に例年より15日遅い初雪が今日降った。北海道では一番遅い初雪だという。仙台の山々が白くおおわれるのももうすぐだろう。黄色、赤、朱色と色とりどりに彩られていた仙台の山々も今は全ての落葉樹が一様に赤銅色に染まっている。今、山は青黒い色の針葉樹と赤銅色の落葉樹が入り交じり、美しいとは言い難い模様が生まれている。山を見るたび落葉樹を大切にしないからこんな無様な山の模様が生まれるのだ。手つかずの落葉樹の森こそ美しいのにと思う。
   
   
ある林業家が 「『人工林が自然を壊し、手を入れない広葉樹林の自然は豊か』の俗説を正したい」と父親の林業の跡を継いだ。彼は言う。良いヒノキを育てるには、森の土壌を豊かにすることだ。密植をやめ、間伐することによって日差しが地面に差し込み、下草や広葉樹が生える。広葉樹の落ち葉は、やがて腐葉土となって肥沃な土をつくりだす。「ほら、ふかふかでしょ」彼の人工林の土を手のひらにのせ、自慢する。腐葉土の甘いにおいは、森の豊かさの証拠だという。森は、その甘い香りに包まれる。ほぼ手つかずの広葉樹林内の植物は185種だが、彼が育てた人工林は243種だという。そして彼が育んできた山では鳥が鳴き、蝶が舞う。水たまりにはイノシシが泥を浴びた跡。シカやタヌキも棲みつく。
   
   
山間部のあるお宅に取材に言った若い記者が、春の山々に藤の花が咲くのを見て、美しい山ですねと老婆に話しかけた。老婆は「藤の花咲く山は、山が荒れている証拠だ」とぼそりとつぶやいた。藤のツタは高木にはい登り、そこで葉を茂らせ、花を咲かせ、大地から光を奪う。木々に覆い被さった藤はついには、はい登った木さえ枯らしてしまう。
   
   
 手を入れない山こそ美しいとは思い違いであった。美しい檜の山と落葉樹の森。どちらも大地に光を当て、結果として土壌を肥やすことが重要であるらしい。子育ては植物を育てるのに似ていると言われる。子どもを豊かに育てるための重要なヒント。それは木々を育む大地にこそあるのではないだろうか。人にとっての大地・・・。そこに意識を向けられるかどうかで変わってくるのだろう。

   
 

 

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あるお母さんのため息

   
 

あるお母さんのため息

 
               
   

校長室から・・・平成18年度NO34 通算NO57
   
   
 「あるお母さんのため息」と言う文を創作した。以下の通りである。
   
   
「学校から自宅に電話があった。子どもが友だちと教室で衝突した弾みで倒れ、頭部を打った。頭部に腫れが見られるとのこと。学校からは特に問題はないと思うが、頭部のことだから病院で診察してもらって欲しいとのことであった。養護教諭も付き添って病院に行った。病院では異常なし。安堵して自宅に戻った。安堵した後、衝突した相手から電話が来ないことにいらだった。例え弾みであっても病院に行く怪我をさせたなら親がお詫びの電話を一本でもかけてくるのが常識ではないか。もし、事実を一方の親に知らせていないなら、学校の怠慢でしかない。黙っていた方がよいと迷っていたが、確認のため連絡帳にその旨を書いた。
   
   
数日たっても一方の親から電話がない。当然挨拶に我家に来ることもなかった。再度、私は担任に電話で一方の親に知らせたかどうか再確認した。担任は知らせたという。しかし梨の礫(つぶて)である。このような非常識な親の子どもだから、乱暴なことをするし、いじめなどを平気でする子どもが育つのだと思うと、自分の子どもを今のクラスや学校に通わせていいのだろうかとさえ思いたくなる。学校はもしこのような親がいたら担任という立場で、謝りの電話ぐらい入れた方がよいことを親にいうべきである。私から電話をするのは謝ることを請求するようでおかしい。やはり、中間に立つ学校が動くべきである。そう考えていくと、担任の普段の学級づくりもしっかりしていないから、このような怪我が起きるのだと思われてくる。」
   
   
 さて、この「あるお母さんのため息」をどうお考えでしょうか。それぞれの立場で様々な感想があることでしょう。学校では電話と連絡帳で親と情報交換することの難しさを思い知らされることがある。顔が見えないどうしで文字や音声だけで思いを伝えあうことが如何に難しいかということである。
   
   
 かつての親は、「こどもどうしの喧嘩に親は口出しをするな」とか「子どもが怪我をさせたりさせられたりするのは当たり前、お互いさまだ」という考え方が常識でした。しかし、現在は、「学校であったことは全て親に教えて欲しい」とか「怪我をさせておいて知りませんでしたでは申し訳が立たない。恥ずかしいことだ」との考え方が支配的ではないだろうか。今は、団地やマンション暮らしになり、顔を知らないどうしのおつきあいがほとんどとなっている。今,親の新たな常識を確立しつつある時代なのではないかと思っている。
   
   
子どもどうしがけんかをしても意図的でない怪我をさせられても、だいたい数日でまた仲良しの友だちになるケースがほとんどである。しかし親のいらだちがその後、仲良しの友だち同士に影をおとす場合がまたある。学校は子ども中心に考えてしまう。こどもどうしが良ければそれでいいだろうと考えがちである。そして、親同士の諍いに無頓着になりがちである。これについてもまた学校として配慮していかねばならないことなのだろう。
   
   
 常識は変化するのは当然であるが、不変であることは、顔を合わせて対話することではないだろうか。顔色、仕草から発せられるその人の声にならないかくれた本心を対話によって感じ取ることができる対話こそ、問題を早期に解決することに繋がる。私のこの対話を重視した学校経営を今後も続けていきたい。

   
 

 

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いじめに思う(5)

   
 

いじめに思う(5

 
               
   

校長室から・・・平成18年度NO33 通算NO56
   
   
 いじめについて朝会で話をした。いつもシーンと話を聞く本校の児童であるが、今日はいつもにまして真剣な表情で話を聞いていた。ある先生が「子どもたちがいじめを身近な問題だと感じているのですね。真剣に聞いていました。」と感想を私に話してくれた。本校の児童の中にもいじめは必ずあるはずです。だから、いじめのない学校を目指すのではなく、いじめを許さない学校をつくりたい。全職員でそう思っています。
   
   
 以下朝会で私が話した内容です。
   
   
 学芸会では皆さんの努力した結果をしっかり表現することができました。ごらんになったおじいちゃんもおばあちゃんも大変感激したと校長先生にわざわざ話しに来てくれました。学芸会で5年生が演じてくれた「桃太郎」(日本語・英語両バージョン)の物語を通して、いじめについて考えます。
   
   
 鬼が村に来て村を荒らします。食べ物をとっていったり、乱暴をしたりします。いじめです。
   
鬼は、必ず自分より弱いものをいじめます。強いものにペコペコして、弱いものをいじめます。そして、一人では来ません。必ず仲間と来ます。一人では来られないのです。なぜか、いじめをする鬼は実は自分が強いぞとえばりたいとか、自分と違う人が気に食わないとか、人の弱いところを突きたいとかという自分の醜い心に負けている姿なのです。だから一人では来られないのです。弱虫だからです。いじめる人こそ、自分の醜い心に負けた『一番弱い人間』です。鬼は、村から娘さんを連れ去ります。ほら、また弱い人を連れて行くのです。
   
   
 いじめる人たちが100パーセント悪い。『いじめられる人も悪い』というのは間違いです。
   
   
 鬼のいじめで苦しむ村人が、何とかしようと思います。でも、なかなか勇気が出てきません。しかし、一人の村人が「私がいじめる鬼を許さない」と立ち上がります。少年です。名前を桃太郎といいます。しり込みをしていた村人も勇気がわいてきます。少年が鬼ヶ島に行くための準備をします。旗をつくります。鉢巻も、丈夫な陣羽織もつくります。きび団子も作ります。そして、ついに一緒にやろうという仲間も出てきます。それが、キジ、サル、犬です。物語だから動物になっているけど、仲間が出てきます。どれほど桃太郎は勇気がわいたでしょうね。一緒に行こうという仲間がいて。誰も助けてくれない、自分ひとりだと思ったときですからね。「自分はあなたの味方だ」と伝えてくれる人がいれば、闇の中に光が差すのです。桃太郎だって村人です。いじめられていた一人です。その桃太郎に私はあなたの味方ですと言ってくれたのです。いじめられている人の味方になる人が、たった一人でいい、どれほど心強いことでしょう。
   
   
 自分はいじめないけど、「いじめられている人も悪い」などと周りで見ている人がいる。泥棒をしているのを見ていて、黙っている人と同じだ。黙っている人は泥棒と同じだ。泥棒と同じ悪人です。いじめをしているのと同じです。キジやサルや犬のように「いじめを許さない」と声を上げれば、村人みんなが、勇気がわいてくる。
   
   
 住吉台小学校では、校長先生も、先生方もいじめは絶対許しません。いじめられている人の味方です。苦しい、つらいと思ったら必ず先生に話してください。先生方はその人を絶対守ります。
   
   
 「泣いた赤鬼」という物語があります。一人で山に住んでいる鬼です。村の人と仲良しになりたいと思っています。でも村の人は怖がってみんな逃げてしまいます。でも、青鬼の力を借りて、最後には村人と仲良しになれる話です。鬼だって仲良しになりたいという心を持っている。互いに助け合う心を持っている。仲間を助けようとする友情を持っている。いじめをする鬼には仲間を助ける強い力があるのです。
   
   
 僕は、私は、意地悪をしたことがあるという人がここにもたくさんいると思う。でもその人たちには、泣いた赤鬼に出てくる鬼と同じ仲間を助ける心があります。どうか、いじめられている人を助けてください。
   
   
 「チクル」という言葉があります。いやな言葉です。これは悪い人が自分の悪さを隠したくてつくった言葉です。ごまかしたくてつくった言葉です。チクルのが悪いというなら、いじめている人は悪くないのか。いじめている人のほうが絶対悪い。どうか、いじめを見たら先生に話してください。それがいじめている人を助けることになります。それを勇気といいます。住吉台小学校の皆さんは、いじめを見たら先生に話す勇気の人になってください。
   
                         以上
   
   
 先生方と共に社会に蔓延する悪への無関心、他者不在の病理に教育という現場から挑戦していきたい。そして、人間としての共感性を養う教育を実践していきたいと考えている。

   
 

 

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いじめについて(4)

いじめについて(4)

校長室から・・・平成18年度 NO32 通算NO55

 私には「いじめ」で苦い経験がある。教師になって3年目、4年目に5,6年生を担任した時のことであった。若い私は、体ごとぶつけるように子どもたちと関わった。しかし、思春期前期の少女の指導にはいささか戸惑いを覚えていた。ベテランの女の学年副主任によく相談をした。答えは「あなたが若いからですよ」とのことであった。その答えを当時はあまり理解できなかった。今でも本当は理解していないのかもしれない。えこひいきをしていないと思っていた。毎日ノートに日記を書かせてもいて、毎日その日記に朱書きのコメントを入れていた。どの子も私にとって大切な宝だった。夜、寝言に子どもの名前を言っては妻に笑われたものだった。転居してどうしても転校せざるを得ない女の子が、転校を嫌がり、片道1時間をかけて通学してくるほど学級のみんなが生活を楽しんでいた。

 10年ほど前、いじめが社会問題となり日本中が深刻な問題に突き当たっていた時期である。私のところに一通の手紙が来た。手紙の主は私が受け持っていた当時の児童の一人からである。私はその内容に動転した。手紙の内容はこうである。

「6年生の後半の頃のことです。私はある同級生の女の子をいじめていないのに相手の親の一方的な理由で。それからずっと先生に無視され続けました。私には一言も聞かずにです。今でも心の傷になって残っています。人を教える立場にいる者がこんなことをしているのですから」

 住所は記入されていなかった。手紙を書いてきたのは大変穏やかで笑顔のかわいい女の子であった。微塵もいじめをする女の子だとは思っていなかったし、事実そのようなことはなかった。いわゆるこの時期の女の子どうしの間のありがちなことだと思った。だから問題を大きく取り上げないほうが良いという判断をした。そして、いじめといっても悪口を言った、言わないの類と捉えていた。そして関係する女子から真剣に話を聞かなかった。真剣に関わってかえって女子の友人関係を混乱させた経験が私をそうさせた。手紙をおくってきた女の子を無視したこともない。但し、以後その子が私を避けるようになったことを気に掛けていたことは事実である。学級は和やかに卒業式を迎えた。初めて卒業生を送り出すことになった私にとって生涯忘れられない学級だ。

 いただいた手紙は、私の教師生活を改めて振り返る機会を与えてくれた。私はその手紙をその時から鞄に入れている。時折取り出して、私の配慮のない行為が子どもの心に大きな傷をつけたことがあったと自戒するためである。
 
 今年の11月上旬、当時1時間もかけて通学していた努力家の女の子がメールをくれた。そのメールで私に手紙を出した女の子と連絡が可能であることが分かった。早速連絡先を教えていただき、以下の手紙を書いた。10数年ぶりに書く手紙である。今まですっと気にしていた教え子にやっと書けると思いながら・・・。

 「あなたからお手紙をいただいた時、あなたが悔しい思いをした原因が私にあったと、はじめて理解しました。それ以来、何とかあなたに連絡をしたいとずっと願っておりました。また、自戒の意味とあなたへの謝罪の意味で、学校に持ち歩く鞄の中にあなたの手紙を大切に今でも持ち歩いております。私がいまだに悔やむことは、『○○さん、どうしたの』と声をかけなかったことです。私は、○○さんを少しも疑わないのだから、何か問いかけることが、かえって疑ったことがあるということにならないかと、臆病にも勝手に思っていたことが残念です。そして、申し訳なかったと思っています。心から私の配慮のなさをお詫びします。」

 この女の子には瞳の中に一つ黒い星があり、その星の事を女の子はどうしてと母親に聞いたことがある。母親は「あなたがお母さんにとって一番大切な子供だという印をつけたんだよ」と答えた。家庭訪問のとき教えていただいたこの話は、当時自分の子供がなかった私が大変感動したことを鮮明に覚えている。

 お母さんにとって一番大事だという印をつけたという大切な子どもの心を傷つける行為が、私によってなされたことを私は一生忘れないだろう。

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寒さに震えるものほど

校長室から・・・平成18年度NO31 通算NO54

 今日、北泉ヶ岳に雪が積もった。春、最後まで残雪でおおわれるいつもの場所を白くおおった。チラノザウルスの骨格標本のような形になった。これからこのチラノザウルスは寒風と共に訪れる雪で肉を付け、大きくなり、早晩この小学校にまで雪を吹きかけてくるのだろう。

 今の子どもたちは、50年60年前の子どもたちに比べて暖かい家、豊かな食事、多くの娯楽を持っている。50年前の子どもたちは、家に帰れば家事の手伝いをさせられ、一個の卵でさえ兄弟で分け合い、ましてや卵をといだ碗にわずかに残った卵の汁を争った。そして少々豊かな家にあるテレビを礼儀正しく挨拶して見せてもらっていた。あのような時代は二度と来て欲しくない。

 しかし、50年前に子どもだった者も親だった者も夢中になって少しでも豊かになろうと励んだことは確かだ。励んでも励んでも母の苦労は、父の苦労は尽きないように思えた。母は口癖であった。「冬は必ず春となる・・・」少年だった私は「何、繰り言を」とも思った。大きな出来事に遭遇するたび母は同じことを言った。

 今豊かな中で生きている子どもたちも、これから人生で大きな出来事に遭遇することは間違いない。私は、今の子どもたちに、私の母がくり返して口にしたあの言葉「冬は必ず春となる」の言葉を贈りたい。

 苦しく、自分に自信どころか、生きる隙間さえないように思えるときが来る。

 その時こそ、「寒さにふるえた者ほど、太陽をあたたかく感じる」とのアメリカの詩人ホイットマンの言を思い出して欲しい。今の苦しさはいつか来る春風のために用意されたものだと思える人になって欲しい。そして、自分と同じような苦しみの中にいる友に勇気の声を掛ける人になって欲しい。冬は必ず春となるとの勇気の言葉、そしてホイットマンの言は、人の心に豊かな潤いを芽吹かせる。苦しいときほど友を励ます。そこに必ず春風が吹き込んでくる。言葉は文字通り「言の葉」であり、心の発露であるが故に、勇気の言を友に伝えた人はその人をも勇気の人にさせるのである。

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いじめに思う(3)

いじめに思う(3)

校長室から・・・平成18年度NO31 通算NO54

 今日、北泉ヶ岳に雪が積もった。春、最後まで残雪でおおわれるいつもの場所を白くおおった。チラノザウルスの骨格標本のような形になった。これからこのチラノザウルスは寒風と共に訪れる雪で肉を付け、大きくなり、早晩この小学校にまで雪を吹きかけてくるのだろう。

 今の子どもたちは、50年60年前の子どもたちに比べて暖かい家、豊かな食事、多くの娯楽を持っている。50年前の子どもたちは、家に帰れば家事の手伝いをさせられ、一個の卵でさえ兄弟で分け合い、ましてや卵をといだ碗にわずかに残った卵の汁を争った。そして少々豊かな家にあるテレビを礼儀正しく挨拶して見せてもらっていた。あのような時代は二度と来て欲しくない。

 しかし、50年前に子どもだった者も親だった者も夢中になって少しでも豊かになろうと励んだことは確かだ。励んでも励んでも母の苦労は、父の苦労は尽きないように思えた。母は口癖であった。「冬は必ず春となる・・・」少年だった私は「何、繰り言を」とも思った。大きな出来事に遭遇するたび母は同じことを言った。

 今豊かな中で生きている子どもたちも、これから人生で大きな出来事に遭遇することは間違いない。私は、今の子どもたちに、私の母がくり返して口にしたあの言葉「冬は必ず春となる」の言葉を贈りたい。

 苦しく、自分に自信どころか、生きる隙間さえないように思えるときが来る。

 その時こそ、「寒さにふるえた者ほど、太陽をあたたかく感じる」とのアメリカの詩人ホイットマンの言を思い出して欲しい。今の苦しさはいつか来る春風のために用意されたものだと思える人になって欲しい。そして、自分と同じような苦しみの中にいる友に勇気の声を掛ける人になって欲しい。冬は必ず春となるとの勇気の言葉、そしてホイットマンの言は、人の心に豊かな潤いを芽吹かせる。苦しいときほど友を励ます。そこに必ず春風が吹き込んでくる。言葉は文字通り「言の葉」であり、心の発露であるが故に、勇気の言を友に伝えた人はその人をも勇気の人にさせるのである。

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いじめに思う(2)

いじめに思う(2)

校長室から・・・平成18年度NO30 通算NO53

 薄氷を踏む毎日。これは、多かれ少なかれほとんどの学校長のここ1ヶ月の思いである。
 
 連日報道されるいじめを原因とする自殺についての情報。マスコミは獲物を捕らえた猛獣のように頭を左右に振り、食らいついた肉を引きちぎる様かとさえ思える。問題の解決に寄与することは汚名となるとでも思うのか、辺り一面の血の海を更に拡大させることが使命かのように振る舞う。

 岐阜県瑞浪市立瑞浪中学校長は出す情報をなぜ二転三転させるのか、そして校長が二転三転させざるを得ないのはなぜか、マスコミはそれを探ろうとはしない。二転三転させたことをただ指摘し、非難する。この機に乗じて粗製の教育評論家が事実未把握のまま意見を吐くのを見ると吐き気がする。

 いじめはどの学校にもあり、どの学級でも起こりうることを前提にして考えなければ、いじめを多く発見し、多く解決することが良い学校なのであって、いじめがないことが良い学校ではない。ないとすることは虚偽があるとさえ思って良い。

 私たち教師は今何を問い直さなければならないか。文部科学省がいじめの定義を行っている。その定義(弱いものに一方的に 継続的に 相手に深刻な苦痛)に寄りかかり、些細なサインを定義で推し量って見逃してしまう姿勢を問い直す必要がある。そして、些細な事実から読みとったことをいじめに当たるかどうか判断するのではなく、いじめられている児童の今の心情に立って行動を起こすことが必要である。

 いじめる側が悪い、人間として許されない、卑怯な行動だと常に訴え続けなければならない。いじめのない学校ではなく、いじめを許さない学校をつくることである。

 もし、二転三転した原因が、いじめた生徒の保護者の学校批判や不信を慮ってのことだったり、いじめた側の中学生の将来を守るためだったりしたものであれば、学校が社会から非難されてもやむを得まい。いじめの事実確認は困難を極めるだろう。しかし、いじめた本人が認めなくても掴んだ事実を保護者に告げなくてはならない。また、いじめた生徒の責任をはっきりさせることが将来をむしろ明るくする。隠蔽し、保護者の傘の中で首をすくめてさえいればよいという経験は、決して将来を明るくはすまい。大人の社会で許されないことは、子どもの社会でも許されないというかつての共通認識は、不変でなければならない。

 それにしても、中学校長が「全て私の責任です」と深く陳謝した。本当にそうだろうか。むなしい言葉に聞こえてならない。重大な責任があるのは当然である。しかし一人で全部背負ってしまうことは、問題の隠蔽そのもののように思えてならない。

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メキシコ日本人学校

校長室から・・・平成18年度NO28 通算NO51

東京に行った。22年ぶりに教え子と会える。メキシコ日本人学校で教えた子どもたちと会える。私は国語の学習を中心にすえた学級をつくった。学級の名前は「タンポポ学級」である。その同級会が行われた。

 たんぽぽ学級と名付けたのは担任の私が強い願いがあったからである。以下の3点は、当時たんぽぽ学級に学んだ児童(現在は32歳)が、自分のホームページに当時を思い出して書いたものである。(以下引用)

僕らの、4年生の時のクラスは、通称『たんぽぽ学級』 と言い。これは、当初の担任が命名したもので、つまりは、
くじけず、しっかりと地に根を張り、どんな時にでも粘り強く己に克とうとする心を持つ人間。
どんな環境に在っても、常に、他人の心を解ろうとし、手を差し延べ合い共に花を咲かせようとする人間。
そして、いつかこのクラスから綿毛として飛び立って行ってしまった時も、また、新天地で新しく自分の根を張り、常に笑顔でしなやかに生き、己の花を咲かせようとする力強い人間。
 ・・・・・・・この様な子供たちに育って欲しいとの願いの元に、僕ら約24名の生徒は皆、この1年間を、共に競い合い、励まし合い、時にはカラダと心でぶつかり合い、そして理解し合い、認め合い、・・・・・・・素晴らしく、『コドモ』 から 『おとな』 へと成長し団結していった、今でも忘れる事の出来ない、誇りある1組員として過ごした。
 特に、この学級では、『自己の表現と改革』 と言う点を、担任によって大きく鍛えられたので、僕にとっては、現在、こうして 『ガソリンズ』 と言うバンドの中で、詞を書いたり作曲したりと言った活動欲求が生まれて来るのは、この、10歳の時にその感性や術を刺激され、培われた部分が根底に或るのだろうと自分で確信している。
         (以上http://gaso69.hp.infoseek.co.jp/diary/diarytop.htmlから引用)

夜7時から始まった同窓会。私が持ち込んだ当時の写真を見ながら懐かしい話に盛り上がった。
夜の10時をすぎた頃、同級会の会場がカラオケの店に変わるという。幹事さんは、「カラオケに行ってもカラオケはしません」と言い切って私たちを先導した。飲み物や食べ物を注文した後、幹事さんが「さあ!先生!これからがメーンイベントです」という。すると集まったメンバーは顔を見合わせた。

そして全身が取り出したのはリコーダーである。
たんぽぽ学級は教科では国語。学級づくりはリコーダー20数曲のマスターとかえる倒立全員3分間を目標にして行った。3月頃には全員が20数曲の高音部と低音部を暗譜し、演奏できるようになった。そしてかえる倒立も全員が3分間できるようになった。そして、4冊の学級文集も仕上げるなど大変なパワーを持つ子どもたちであった。

取り出したリコーダーで何と22年前に覚えた曲を演奏し始めた。1曲演奏が終わると全員が「ワー!!!」と歓声を上げる。数日前に幹事さんが楽譜を参加者に渡していたことが分かったが、それにしてもびっくりするほど上手に演奏してくれた。女の子の中には、「今日は、かえる倒立できるようにジーンズをはいてきたのよ」という子もいる。つい涙腺が甘くなってしまった。

あまりの盛り上がりに時間の感覚がなくなり、最終電車に間に合わない者も出る始末。幹事さんは、こともなげに「ここは新宿だから、どこでも居場所はあります」とのこと。年寄りの私は、「そうか。頼むよ。この中に奥さんもいるのだから」と言いながら、その子(32歳?)たちを残してホテルへと向かった。

 懐かしい子どもたちと語り尽くせぬ思いを残しながらも、私の心のどこかに澱のように残ったのは、集まった子どもたちが合ったいじめの話であった。

帰国子女として同級生はもとより、特に先生方に特別視されたこと。「あなたは帰国子女だから、目立たないようにしなさい」と話す教師。「あなたは日本の中学校のことが分かっていない」と懲らしめるためか、図工室に長時間閉じこめた教師・・・・等々。突然、幹事の子が「さあさあ、楽しいことを話そう」とつらかった中学校の話題を遮る。私には遮られた話だからこそ、そのつらさを二倍にも三倍にも感じ取られたのかもしれない。

日本の教育はどこかおかしい。日本の社会もどこかおかしくなっている。結局眠りにつけず天井を眺めながら朝の光を待った。

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いじめに思う

いじめに思う

 

校長室から・・・・・平成18年度NO27 通算NO50

 10月18日の河北新報の社説は「学校と教師が信じられない」との大見出しで書かれていた。以下抜粋する。
 
 「理由をいじめと認めるまで一年もかかったのは、命の大切さをないがしろにしたとしか思えない振る舞いだ。陰で分からないように続くからいじめなのであって、そんなとは教育現場なら百も承知だろう。誰かがいじめたと認めるまで事実確認ができないというのは責任逃れでしかない。」

 早朝この社説を読んだ私は、社説をコピーし、以下のコメント付けて全職員に朝のうちに配布した。
 「どの子もどの子もいじめられて当たり前の子はいない。いじめられた、仲間はずれにされたとの声に耳を傾けよ!そして、いじめは絶対いけないと主張せよ!!いじめは昔からあったなどの言に甘えてはならない!!」

 本校ではいじめの兆候や訴えがあれば、私たち教師が
いじめられている側に立ってまずいじめられている児童の 保護を優先する。
情報収集にあたり、事実関係の把握にはいる。
事実関係が未掌握の段階でも保護者に状況の説明を行う。
学級通信などを通して、学級の実態を保護者に知らせ、協 力要請を行う。
状況に応じてPTA役員に実態を報告し、協力を要請す  る。
校内のいじめ対策委員会を開き、多くの教師を動員して解 決にあたる。
校長は事実関係把握の途中であっても、現状を教育委員会 に報告し、今後の対応のあり方について助言を受ける。
解決にあたっては、現状の困難性に応じて、児童相談所、 教育センター、発達支援センター、警察などに協力を要請 していく。
当然児童の個人情報保護については万全を期す。
上記以外にもいじめられている児童の心のケアーやいじめ ている児童への指導など多くの対応を行う。

 ここで最も困難なことは、いじめている側の保護者の理解を得ていくことである。「自分の子どもはいじめという行為をしているはずはない。事実子どもに聞いてもいじめている事実を否定している。事実がはっきりしていないのにいじめたとして指導するのは人権侵害である。」という親の心理である。親の気持ちは理解できる。しかし、いじめたと事実を認めることは、児童にとって親を裏切る行為だとして、認めようとはなかなかしないものである。

 親にとって子どもの将来が大切である。現状にどう対応することが子どもの人生にとって良いことなのか冷静に判断する必要がある。

 「いじめが発生したのは、学校が日頃からの学級づくりに課題があったり、、いじめの兆候を見逃していたからである。よって学校に大きな責任がある。」という考えもあるだろう。学校はその責任を当然認めている。大切なのは、いじめを打破するために学校と保護者で解決に今協力してあたろうとすることだ。一番苦しんでいるのはいじめられている子どもだから・・・・・・。

 関わる子どもたちの保護者の方々の協力が学校として一番欲しいことである。

校長 古橋 信彦

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まず日本語を???

校長室から・・・平成18年度NO26   (通算NO49)

 新しい内閣が発足し、伊吹文明文部科学大臣が就任した。
伊吹大臣は、英語必修化について以下のような発言をしている。
 「英語を必修化する必要は全くないと思います。美しい日本語を話せず、掛けないのに、外国語をやってもダメです。(中略)国民として生活していく最低限の能力と義務を果たすと言うことを教えるのが義務教育ですから、これを果たせていないのに別のことをどんどんやってはいけません。小学校では、自国語をきっちりやる。その上で中学校から国際感覚を磨き、外国をマスターするのがいいのではないでしょうか」(内外教育10月6日号より)

 この記事を読んで二つの疑問を持った。またも「まず足下から」の論議であることである。「国民みんなが国際人になるわけではないのだから、まず自国語をしっかり教育すればいい」というわけである。教育界では常に「まず足下を」という論議が常にある。ここ20年かけて国際理解教育を積み上げてきて、やっと英語教育の道が開かれるかと思っていた矢先の大臣発言である。いつもの「まずやるべき事をやってから」の論議である。やるべき事をやるために、他のことをやることによってやるべき事の重要性と意味が分かるという学びのスパイラルをご理解いただけない方々のいつもの論議である。日本語の美しさや表現の多様さは、外国語を学んだ人々によって評価されたのであって、日本語しか話せない人から評価されたわけではない。
 中央教育審議会では、英語教育を週1時間行うという考えらしいが、これはやらないのも同然であるから、新大臣が英語教育必修化を阻止しても大したことではないだろう。しかし、週1時間を2時間3時間と増やし、日本語と同等の力を付けることが、これから生きていく人たちにとって視野を世界に広げることになると考えていた私は、大臣の視野の狭さに驚き、20年前に戻ってしまったと感じるばかりである。

 私は、23年前メキシコ日本人学校で小学校1年生を担任したことがある。そのクラスには日常会話をスペイン語にしていた3人の子どもがいた。3人の子どもたちは入学して3ヶ月は、大変苦労してひらがな50音を覚えていた。しかし、半年を過ぎると学校生活は全て日本語となり、漢字も日本人とほとんど変わりなく書けるようになった。もちろんスペイン語も話して書くことが他の学校のメキシコ人と変わりなくできているとの親の話であった。私が帰国して数年後その子どもたちの一人が日本語の手紙を送ってきた。2カ国語ができるようになり、中学校に入ったら英語も身につけたいとのことであった。

 「まず日本語を」と考えるのは子どもたちの力を見くびっているとさえ思う。自国語と英語(または近隣の国の言語)を小学校から教えるのは世界の趨勢である。新大臣がまた日本の子どもたちが世界に視野を広げることをじゃまするのかと心配である。

 次に「国民として生活していく最低限の能力と義務を果たすということを教えるのが義務教育です」との発言である。新大臣は義務教育は「国民として生活していく」ためにあると考えている。当然と言えば当然の考えではあるが、これからは「国際人を育てる」という視点が義務教育の中に必要である。日本の国のため義務教育ではなく、国際化していく社会に生きる一人一人の児童生徒のための義務教育である必要がある。そして、日本国のための教育という視点から、教育のために日本国が何ができるかという視点で考える必要がある。よって国際人を育てるために義務教育は何ができるかという視点に立って行われるべきだと考えている。

校長 古橋 信彦

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中国を訪問した方から

校長室から・・・平成18年度NO25(通算NO48) 

 本校学区内の方が中国大連に行かれた。その方から伺った話である。
 
 中国の福祉についての視察であった。まだ福祉については制度が一部に限られているらしい。できるところから始め、それを末端に広げる方法をとるという。最も援助が必要な人から福祉をはじめるという日本の方法とは真逆な方法である。視察された方は、中国の貧富の差が大変大きい現実も見てこられた。平均的な月収は14,000円。貧困層にとって大切なことは3つ。それは、住む家があること、家族があること、そして食べられることだという。生きるためのハングリー精神はそのような中で心の核として形成されているという。
 
 また、「パンを3人で分けるとしたら、日本は3等分する。西洋は誰が一番腹が減っているかを話し合って、それに応じて分けると言うが、中国ではどうですか」との問いに、中国の方は、「パンを手に入れるためにどれぐらい出したかに応じて分ける」との答えだったという。

 そしてまた、中国の方は福祉の面では自分たちがかつて目指した社会主義を日本が実現しているとも語っていたという。視察を終わって中国はまず自己責任を問われる社会であると強く感じられたそうである。日本は自分以外にその責任を転嫁する風潮がある。日本は近隣の中国と比べて考え方があまりにも甘いのではないか、そして、考え方が日本と大きく大きく違うと実感されて帰国したとのことであった。

 9月29日は、中国と国交正常化のための共同声明が調印された日である。1972年のことである。新聞によると今年9月29日、中国の王毅大使が日中共同宣言の基本は胡錦濤国家主席が「平和共存」「代々友好」「互恵協力」「共同発展」であるとしていることを紹介した。そして、このような基本原則にのっとって両国が手を携えて進んでいくためには、「十年樹木、百年樹人(十年先を考えるなら木を植えよ。百年先を考えるなら人を育てよ)」「百年の大計は、教育を本とする」との胡主席の考えを紹介しながら、王大使は、教育をすべてに最優先すべきであると語っていた。 

 中国を視察された学区内の方の話を聞いて、近隣でありながら大きく違った考え方を持った国民同士が平和に手を携え発展していくためには、「教育」であると私は改めて思った。それではどのような教育を行うことか・・・・、私たち教師に大きな責任がある。
 

校長 古橋 信彦

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9.21東京地裁国旗国歌判決におもう

9.21東京地裁国旗国歌判決におもう

校長室から・・・平成18年度NO24  (通算NO47) 

9月21日に東京地裁が国旗・国歌判決を言い渡した。22日23日に一斉に各新聞社がこれに関する社説を掲載した。

 私が入手できる範囲で、18社の社説を読み比べてみた。
18社中12社が判決を支持。3社がどちらかというと支持。3社が判決不支持の論説を掲げた。
 学校を預かるものとして、私は自分の考えを明確にする必要を感じた。

 私はかねてから「教師は、二本の足が必要だ。一本の足は、市民の信託を受けた行政に従う足。もう一本の足は自分の教育哲学である」と自分に言い聞かせてきた。
 私は、行政(市教委)の指示を信頼し実行すると共に、全面的な支援を受けて校長職を努めている。しかし、かつて子どもに軍国主義教育を行った教師のように、いつか逆らえない風に押されて、子どもの幸福という教育の目的に反する方向に自分が向いてはいないか自らの教育観に照らして振り返ることを忘れないようにしている。

 ここでは稚拙ではあるが、今回の判決についての自分の考えを記しておきたい。

 私は、国旗も国歌も最大限に尊重する。国旗はその国の象徴であり、いわばその国そのものである。国民一人一人もその国の歴史も文化も含んだ象徴としての国旗であると考えている。だから最大の敬意を払うべきだと考える。また、同様に私は国歌にも敬意を払っている。

どの国も負の遺産を背負わない国旗などありえない。他国を侵略し、自国の少数意見を弾圧した歴史をどの国も背負っている。負の遺産を背負っているからその当時の国旗を尊重できないというのは、歴史から教訓を得ようとしない考え方である。自国の負の歴史を消し去って忘れてしまいかねない考え方である。人間は自分の過失も含めて自分であり、その自分から新たな自分を形成しようとするのが誠実な生き方である。日章旗を視て過去の侵略を思い起こすからこそ、新たな日本を形成するこれからの世界市民を育てていこうと考えるのが世界にとって誠実なあり方ではないだろうか。

 しかし、国旗や国歌を強制する考え方にも絶対に反対する。国歌を強制されて歌うことと、自分の信じない宗教の題目を強制され唱えさせられることとどこが違うのだろう。仏教徒が賛美歌を歌うことを強制されることとどこが違うのか。信条に反する文言を唱えろということ自体思想信条の自由を奪うことになる。
 強制は教育に携わるものへ向けられたものであればなおさら反対の声を挙げなければならい。児童生徒を教育する立場にあるものは、自分の哲学や信条を持つことがもっとも大切なことである。
 国旗や国歌の重要性を指導しないと主張するのではない。指導することが現今の法律で義務付けられている限り、指導しなければならない。しかし、個人がそう思い、そう振る舞うかは個人に任せられるべきだと考えている。面従腹背の乖離はどの世界にもあることであり、そのことにより児童生徒が影響を受けると言われればそうかもしれないと答えるだけである。

 私は、例え法律で義務づけられたとしても、自らの哲学に反することであれば、職を辞してその過ちと戦う覚悟が必要だと思う。そのために獄につながれるならそれでよしとする覚悟こそ、哲学を持っているものの誇りである。

 さて、私は体育館のステージに登壇するとき正面に向かって礼はしない。国旗がステージに掲げられていなくてもほとんどの校長は礼をするという。なぜそうするのかは誰も明確に答えない。校長になるとみんながやるからとの答えが多い。尊重するべきものがあるから礼をするのであり、実態があるかないかは別にしても校長が礼をするその意味と児童に対する影響を考えてみる必要があるように思う。何となくみんながしているからという姿勢は、教育者にとっていかがなものだろうか。日常の振る舞いこそ自分の思想を表現していることに思い至らなければならないと思う。

 私は、国旗がステージ上部に掲げられていても礼はしない。そのような振る舞いは世界的に視たことがない。日本独特の文化だとも思えない。だから礼はしない。但し、敬意を払って国旗に礼をする方に反対はしない。

 ただ思い出すのは戦中、体育館や講堂と呼ばれた施設には天皇の写真(ご真影)が掲げられていたことである。

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愚痴は大切なサイン

愚痴は大切なサイン

校長室から・・・平成18年度NO22 (通算NO45) 

過日、宮城県小学校長会生徒指導部会主催の講演会が行われた。福島大学大学院教育学研究科教授生島浩先生が「少年の現状と保護者へのサポート」と題して講演した。その中で、最近の少年の特質を3つ挙げた。一つはいわゆる「切れる」現象。二つ目は自分が傷つけられたと感じたときに爆発したように執拗で残忍な暴行傷害を加える強迫性。そして、三つ目に挙げたのが悩みを抱えられない精神性である。

 生島先生によれば、悩みを抱えられないとは、葛藤の経験が乏しく、思い通りにならない経験が欠如している姿であるという。うまくいかない原因は自分にも幾分かはあると気づかせ、悩みを抱えるまでに成長を図る働きかけが必要である。また、しっかり傷つき、落ち込む経験が不可欠で、万能感を捨てて現実検討能力を養うことが必要であると述べている。そして、子どもたちには、ほどよい理不尽が必要であり、「致し方ない」との折り合いを学ばせていくことが求められると講演していた。講演の最後に生島先生は、単なる需要・共感一本槍では不十分、これからはポジティブな面での指導だけでなく、怒り、ねたみ、あきらめなどネガティブな感情への対処も学ばせていくことが大切だと締めくくった。

 若い先生に「うまくいかなくなったとき、周りのせいに(外傷性)したくなるけど、うまくいかない原因は自分にも幾分はあると内省的になった経験がありますか」とたずねてみた。すると、その先生は、「愚痴を聞いてくれる何人かの人がいる。その愚痴を聞いてくれた相手からさりげなく自分の課題を指摘されたとき内省的になる」との答えが返ってきた。
 愚痴が悩みという氷山の一角だとしたら、たかが愚痴と無頓着であってはならない。子どもたちの愚痴を聞いてやること、その愚痴とつきあってあげること、そして、たまには課題も指摘してあげること等、時間を掛けて人と向き合うことを私たち大人が忙しさの中で忘れているのかもしれない。

校長 古橋 信彦

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変毒為薬

変毒為薬

校長室から・・・平成18年度 NO21 (通算NO44)

 アメリカのマーチン・セリグマン博士(ペンシルベニア大学心理学部教授)にインタビューした内容が新聞に載っていました。少し長くなりますが引用します。 

 「何か悪いことが起き、ひとつの可能性が閉ざれても、それは必ず、他の新たな可能性を開くきっかけを、私たちに与えてくれると言われている。これを〝毒の徳性〟〝悲劇の徳性〟と表現してもよい。 子供たちを困難から避けさせてしまうと子供たちは困難から何のメッセージも受けとれない(困難に意味を見いだせない)ようになってしまう。  
 そして、困難に挑戦しようとする心を閉じさせてしまう。ゆえに(困難に挑戦することによって初めて味わえる)人生の真の充実感を味わえなくなってしまうのです」
 
「大人たちが今、深刻に理解しなければならないのは、『因難、悲劇を乗り越えるなかにこそ、真の人間の幸福がある』ということです。それなくしては人間の英知も開発されず、人格の深化もありえないということです。」

 博士は、上記のことを毒と薬の関係で説明しています。
 「医学的に言って、薬とは本来、毒性を持つものである。その薬が体内に入って効果を表すのは、人問の体に『毒を変じて薬となす』機能が備わっているからである。具体的には〝毒性のある〟薬が体内に入り込むことによって、人体がその毒と闘う。その闘いの効力によって、以後、体内に侵入する毒に対して抵抗力ができ、病気の治癒に向かう。」
                    以上引用終了

 今、子どもたちは人間関係に傷つきやすく、しかられることは全人格を否定されたように思い込んでしまう。そのような子どもの様子を見た子どもに関わる大人は、傷つかせた相手を子どもに代わって攻撃することで子どもを守ろうとする。
 子どもを守るとは、子どもが困難にあわないようにしたり、ましてや困難に陥らせた相手や状況に子どもに代わって立ち向かうことではない。子どもが困難に立ち向かう勇気を奮い起こすように信じ励ましていくことだ。

 私は教育に関わる者にとって必要なことは、転んだ子どもに手を貸して起こしてやるのではなく、子どもが自分の力で立ち上がるのを見守る勇気ではないか、と博士の言葉を読んだ。  

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現状維持

現状維持

 

校長室から・・・平成18年度NO23 (通算NO46) 

 国際理解教育という言葉が初めて職員室に登場したのが、20数年前である。「外国人を学校に招聘したり、外国の文化を紹介したり、ましてや英語を教えることではない。まず、日本の文化の良さを教えること、足下をしっかり教育することが国際理解教育だ」と指導主事は話したと校長が職員会議で語っていた。
 一見確かな理屈に見えるが、よく考えると屁理屈にすぎない。日本以外の国と接して初めて自国をしっかり知ろうとの思いが出てくるはずである。他国を知る行為をしない国際理解教育はありえない・・・なぜまず足下を強調するのだろうか。

 開かれた学校づくりを始めとして、教育改革の波が押し寄せたのが、17年ほど前。その時教育界でよく話された文言は、「不易と流行」であった。その時の多くの先輩教師たちが、「当然流行も大事だが、不易を忘れてはならない」と語り、教頭会、校長会の会報にも同様の趣旨を書き並べていた。
 「不易と流行」の「流行」には、改善、改革の概念は入っていないのだろうか。まず改革に歩を進めながら、不易を忘れまいとすることが大切なはずなのだが・・・。なぜ不易をまず口にするのだろうか見識を疑った。

 国際理解教育にしても、昨今の教育改革にしても新たなうねりをつくろうとすると必ず、「それも大事だが・・・・」という声が一段と大きくなる。そして改革や新たな試みは数年後、いや10数年後にやっと始まる。この頑迷なブレーキは役職という権威を身にまとって踏まれるため、大変やっかいなものである。若い教員が新しい動きに敏感に反応しようとする意欲を失わせるに十分なブレーキである。

 企業の現場では、よくこう言われるそうだ。"3%コストを下げるのは難しいが、30%コストを下げることはできる"と。一瞬、逆ではと思うが、今までのやり方を踏襲しながら、3%コストを下げるのは至難であっても、今までとは違う方法で思い切って取り組めば、30%コストを削減できる可能性はある、という意味だそうだ。

 企業の現場の話を引用すると、「学校教育と企業は根本的に違う」という声がまた聞こえる。私にはそれもまた変化をチャンスとしない保守に堕した姿に見える。改善のための研究・努力という苦労をしたくない、そしてまた決断力を持てない姿に映るのである。

校長 古橋 信彦

 

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今日は9月11日

今日は9月11日

校長室から・・・平成18年度 NO20 (通算NO43)

 今日は9月11日。ニューヨークの貿易センタービルに2機のハイジャックされた旅客機が突っ込んだ日である。私は5年前のその日を決して忘れないだろう。台風が近づいた仙台。児童の登校時の荒天が心配され、午前3時に目を覚ましTVに映し出された光景で初めて大惨事を目の当たりにした。
 事の次第が分かってくると私は次の不安でいっぱいになった。その不安とは、「アメリカが報復の戦争を仕掛けないか」であった。私は、11日の朝に児童への手紙をしたためた。「やられたらやりかえす」ことの無意味さをうったえた。そして河北新聞の声の覧にも世界の指導者が対話を始める必要性を書いた。

 なぜ自分の国がこのような大惨事を他国から仕掛けられなければならないのか。まず自らを振り返ってみることから解決への道が開けるのが常識である。アメリカのリーダーたちは今までの歴史の結果としての9月11日ではなく、狂った非常識な論理を持つものの攻撃と映ったらしい。
 当然罪もない3000名の人々の命を奪う行為は、どんな歴史があろうとも許されるべき行為ではない。テロと呼ばれ、世界から非難されるべき行為である。

 倫理や哲学を持って政治を行う人々であれば、世界中に「これは戦争である」「自由への挑戦である」と感情むき出しで、参戦を促すだろうか。「今こそ対話を」とあらゆる感情的な議論に対して冷静を求めるのではないだろうか。守りを堅くしながら、世界中の人々に「テロには武力で」ではなく、痛みに耐えながら「テロ」には「対話」でと語りかける事が、テロ行為への世界の包囲網となるはずであった。しかし、この5年間は戦争の5年としてしまった。

 私は小学校の教師である。人間の二重性をもちろん教えなければならない。悪意や暴力に対する守りを固めるのも生きる力だと教えていかねばならない。一方、人の悪意の頑なな扉を開き、相互に生きる道を見つけることも生きる力であると教えなければならない。
 仙台市の教育長奥山氏は、「アラジンのランプは、こすらなければ(触れあわなければ)、魔神(問題解決の新たな力)は現れない」と合同校長会で挨拶した。9月11日。世界の民衆は、世界の指導者がランプをこするのか、ランプを無用の長物とするか今注視している。

校長 古橋 信彦

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欠点を指摘すると・・・

欠点を指摘すると・・・ 

校長室から・・・NO19 

 オシムジャパンはイエメンと延長戦で辛勝した。試合後オシム監督は「私が代表監督になって今日が4試合目だが、いずれの試合でもものすごく効果的なプレーはできていない。別に選手たちを批判するつもりはない。選手たちに『君たちはここがいけない、こういうところが欠点だ』などと言い立てると、逆にコンプレックスとなってサッカーが下手になってしまう危険性がある」(yahoo japan スポーツより)と話した。テレビの報道では、オシム監督の会見をテロップで「欠点を指摘すると落ち込むのが日本選手の文化だから」と流した。

 教育の世界にいると「誉めて伸ばすこと」が最も重要な指導法であると思い込んでしまう。「しかる」事と「怒る」事は峻別が難しい。誉めることはどちらかというと口にしやすい。こちらもいい気持ちになる。しかることはこちらにリスクが伴う。後のフォローも考えなくてはならない。

 教師になって30数年。誉めることはできた。しかし本気になってしかった経験は数えるほどしかない。その中で育った教え子たちは、「夜明け前が一番くらい。だから今腐ってはならない」とか「冬は必ず春となる」との強い気持ちを持つことができるのだろうか。教え子たちは社会に出て欠点を指摘される場面に遭遇した時、オシム監督が言うように落ち込んで「下手」になってしまうのではないだろうか。

 人間には両手がある。一方の手には誉められて自信を持って自分を磨く力、そしてもう一方には「逆境はチャンス」との強さをもって自分を磨く力を持つ必要がある。もし誉められることのみを持って生きていくなら必ず破綻が来てしまう。

 外国人のオシム氏は日本チームの根底にそんなひ弱さを見て取ってはいないだろうか。もう一度「つらさ」「悲しさ」「悔しさ」「厳しさ」などについて教師自身が振り向いてみる必要がある。今、教師が一番打たれ弱いといわれているから・・・。

校長 古橋 信彦

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児童全員がそろう・・・この喜び

 校長室から・・・平成18年度 NO17

 夏休み終了目前、仙台市内小学校の小学1年生が隣県の川で亡くなった。突然の川の増水が原因とのことであった。祖父母とご両親の悲嘆はいかばかりか計り知れない。
 本校では、8月28日夏休み明け、朝会が行われた。私は、「みんなが命を落とすことなく、無事体育館にそろったことを喜びたい」と児童に話した。
 長年の教師生活では、担任している児童が長期休業あとに全員無事にそろうのが当たり前であり、全国各地の報道で知る不幸な出来事を身近に感じたことはなかった。しかし、校長職に就くと、とたんに心情の変化が起きた。「みんな無事に学校に戻ってくるんだよ」祈るような思いが自分の中から突き上げてくる。長期休業前の朝会でそんな思いで話す私の前にいる数百人の子どもたちは全く自分に関わりのあることとだと思っていない様子である。それでいいと自分に言い聞かせているが、無事に戻ってほしいとの思いは消せずまた語ってしまっている。

 事件が毎日のように報道される。どうしても多くの命が奪われた事件に関心が向く。ひとりの命が犠牲になった事故や事件は早晩忘れ去られる。
 かつて、水爆実験で日本の漁船「第五福竜丸」が被ばくした。乗組員が亡くなったとき、水爆開発に携わった、ある科学者が以下のように語ったという。
 「広島や長崎では十万人以上の人が死んでいるのですよ……たったの一人の人が平和なときに亡くなった」ことに大騒ぎするのは、「道理にあわない」(大石又七著『死の灰を背負って』)。
 「たったの一人」の尊厳性を見失うのが人間の魔性である。
 
 まず、今般亡くなった1年生に哀悼の意を表したい。そして、「たった一人」こそが大切なんだと人間に潜む魔性との戦い・・・私たちが行っている教育・・・に今日も挑戦していきたい。
 

校長 古橋 信彦

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怪我と忘れ物

怪我と忘れ物 

 校長室から・・・NO18

 「校長先生、すぐ保健室へ」緊張気味の教頭先生が校長室に飛び込んできた。保健室では、女性技師が男の子の額にガーゼを当てて「大丈夫だよ」と語りかている。
 傷の具合を見た私はすぐ教頭先生に救急車を要請するように指示した。

 昇降口前の広場の花壇を囲んでいるコンクリートの角に滑って額を打ち付けてしまったらしい。怪我をした直後、男の子はびっくりしてか、校門を出て家のある方向に駆け出してしまった。怪我するのを見ていた数人の子供たちが近くの先生にすぐ報告。報告を受けた先生がその男の子を追いかけ、保健室に保護し、聞きつけた女性技師が、男の子を励ましながら早速手当てを施しているというわけであった。

 母親と養護教諭、そして怪我した男の子を乗せた救急車を数人の職員とともに見送った。みんな心配を口にして昇降口付近にたたずんだ。

 ふと校門付近を見ると母親に送られてきた1年生が校門から入ってきた。この1年生も不安げな顔で昇降口に駆け込んだ。
男性技師が声をかけ、何にやらうなづくと1年生と一緒に校舎の中に消えた。しばらくすると1年生が明日の遠足の「しおり」を持って駆け出してきた。男性技師は校門で1年生の母親とあいさつを交わすと校門を閉めた。昇降口付近にいた職員が気づかないほど自然でさりげない時間であった。
 
 後に男性技師に聞くと「しおり」は生活科バックの中にしまい忘れられていたそうだ。生活科バックは2列に積み重ねられ、ロッカーの上に並べておいてあった。その中から探し出して1年生の手に渡されたという。もし1年生が一人ぼっちでそれを探そうとしたらきっと難渋したことは想像に難くない。

 怪我した男の子を手当てしながら「大丈夫だよ」と声をかける姿。そして忘れ物を一緒に探しに言った姿。この二つの姿に共通するのがさりげない暖かさである。自然に人を思いやる心である。私は、この二人の技師の方々の振る舞いに心で手を合わせた。

 1時間ほど経って「額の縫合を終わり、男の子は元気です」の報告が笑顔の教頭先生からあった。

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校長室から・・・平成18年NO15

以前国語の教科書に紫陽花を鞠に例えた詩が掲載されていました。読んだ児童はその例えの妙をとても気に入ったものでした。今日も曇りがちの空に紫陽花が美しい。白っぽい色から青、赤紫そして藍色へと色変わりする花鞠は、見ていて飽きません。そればかりか、日に日に変化する花の色は、梅雨時の心を慰めてさえくれます。

紫陽花の姿は、絶えず変化する人間の心にも譬えられてきました。七変化、八仙花の別名もあるほどです。仏典に、人々の心について「一人一日の中に八億四千念あり」(念とは心の様)と説かれています。特に成長期にある子どもの心は一瞬一瞬心の様に変化が起きます。向上しようと努力の色の時もあり、自信を失って生気を失った色の時もあり、友のために自分を忘れて尽くそうと真心の色の時もあるでしょう。

 紫陽花の語源をたずねると、「あじ」は「集」で、ものが集まり、密集すること、「さ」は「真」で真実、「い」は「藍」。つまり「集真藍」からきていると言います。つまり紫陽花の色を深い藍色と捉えているようです。そう考えると、紫陽花の変化する色毎に味わいを感じさせられるのは、藍が持つ本来の美しさが底に流れ、それが醸し出されるからと思われます。

そう言えば、藍は繰り返し染めるといいます。藍を良く保つには温度管理や酸化防止など苦労が絶えない。人々は紺屋と呼ばれる藍染め職人に対し「紺屋の白袴」と言った。自分の袴を染める暇がない程忙しいという意味が一般的だが、白い袴に染料を一滴もつけないほど、慎重に染めるという職人の誇りを表しているという説もある。美しい藍染めは、労作の賜物なのだ。

子どもの心の色の変化に対して、私たち大人は手間を掛け、時間を掛け、繰り返し繰り返し、時には慈雨のように、時には燦々たる太陽のように、時には厳冬の烈風のようにかかわり続け、本来の深き人間性(藍)を育んでいきたいものです。子育ては労作業。だから悩みも喜びも大きいのですね。

校長 古橋 信彦

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かわら版

校長室から・・・平成18年度NO16 

本校では、朝の打ち合わせが週1回のみである。5年前は、週3回であった。3回の職員が打ち合わせをしている間に算数や国語のスキルを高めるための時間として活用するとの方針で、週2回となり、そして2年前から週1回となった。朝の貴重な15分間を児童のスキルアップにとの考え方は、職員の同意をほぼ得ることができてきた。しかし、「職員の共通理解を得て、日々の活動がなされているのか不安だ、週2回に戻そう」との声もくすぶり続けていた。

 若い教師たちが、不安の声に応えようと努力をしてくれた。校内LANを活用し、PCで「住小、かわら版」なるものを立ち上げた。各学年の机上に1台PCを配置し、各人が週や日々の教育活動の留意点や係からの連絡を確認し、教室に向かうというシステムである。しかし、かわら版に書き込み作業をする係(教務主任)が、毎朝係からUPしてほしい内容を受け取り、担任が教室に向かうまでにUPしておくという作業がなかなかできない難点があった。

 夏休み前の教育活動について反省会を持った折、誰でも書き込める「かわら版」が必要との要望があった。これがなかなか簡単にはいかないとの情報担当者の話であった。まさに良いシステムではあるが、誰でも書き込めないという画竜点睛に欠く状況であった。
 
 夏休みに入って、数日学校を空けた。しばらくぶりに学校に行くと机に誰でも書き込める「かわら版」にリニューアルしましたとのプリントが置いてあった。情報担当者が勉強して改善を図ってくれていたのである。さっそく開いてみた。何ともう数人の先生が、「新しい教材が届きました」「○○ダムの見学ガイドが届きました」などと書き込みをしています。そして、夏休み限定として、「旅行記」「うまいもの屋情報」のコーナーもありました。自宅からでもアクセスできるとのありがたいパスワードもいただきました。

 ある新聞のコラム欄にコンビニに最初におにぎりを置くとという当時では無謀な試みに挑戦した話が載っていた。
 「当初は、コンビニを経営する社内でも『パンならまだしも、おにぎりなんて誰が買うの』と猛反対があったという。冬の間はご飯の味が落ちる。炊き方、水加減、といろいろ研究。ご飯は、16度以上になると味が変わり、23度から26度ぐらいが最も美味しいことが分かる。すべて壁を破るための挑戦と努力の成果だ。変化の時代にあっては、過去にとらわれない柔軟な思考が大切。--世界的経済学者のレスター・C・サロー氏(マサチューセッツ工科大学教授)--」
 
 若い先生方の機敏な対応と何とか児童と共にいる時間を確保したいとの熱い思いとせっかく切り開いてきたことを反古にすまいとの熱意と智恵に校長として・・・・・うれしい限りである。

校長 古橋 信彦

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いっしょに

校長室から・・・平成18年度 NO13

 低学年の子どもと手をつなぎながら「5-2は?」と算数の問題を出しっこしながら歩いている。
 
 今、教室では算数の引き算の授業が行われている。この子は教室を抜け出し、職員室の教務主任の机にやってきた。きっと教務主任が何度か声をかけた子である。教務主任が不在だった。すると事務机の上にたまたまあったゴルフボールを手にとって職員室を歩き始めた。

 担任の了解を得て、「少し、学校を探検しようか」と私が提案すると黙ってついてきた。そこで算数の問題の出しっこが始まったわけである。その子は「100-100は?」と私へ問題を出す。「難しいから分からない」と私が答えると、「0だよ」と教えてくれる。次は私が問題を出す。この子の教室の黒板を遠目に見ると「5-3」の課題が見えた。そこで、すかさず「5-3」の問題を出すとすぐに「2」との答えが返ってきた。算数が分からなくて教室を抜け出したわけではない。

 担任は4月からこのような子どもたちに学習の仕方を教えながら、苦労して学級づくりをしてきた。数人ときどき学習に参加しにくい児童がいる。それでも担任は、自分の学級を何とか学習が成立させるようと努力していた。保護者の方とも面談を積み重ねている。「誰が悩んでいるか、それは親御さんが一番悩んでおられるのです。親御さんと手を携えていきます」と担任は私に話す。

 家庭だけでは子どもの問題を解決し難い。当然学校だけでも問題を解決し難い。

 この子が職員室に入ってきたときの暗い顔に比べて、私が出した問題に答える顔はぐんと明るい。この子は絶対課題を乗り越える力がある。きっと大成長した姿を見せてくれるに違いない。そう思えるこの子の笑顔が、私に向いていた。

校長 古橋 信彦

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カバキコマチグモ

カバキコマチグモ

校長室から・・・平成18年度 NO14

本校は20年ほど前に開発された高台の団地にある学校である。団地の西端は国有林と接し、雑木林が夏の日差しにまぶしい。学区内巡視と称してよく雑木を見に行く。山際にはススキがたくさん生えている。足元にあったはずのススキが、今日はもう私の身長を超えるほどに成長している。
 
 ススキの葉がチマキ状に折りたたまれているのが目にとまった。少年時代、野を歩いては、このチマキ状に巻かれた葉を次々に引っ張って歩いた。たしか葉を引っ張ると中はクモの糸があり、そのクモの糸でススキの葉を巧みに折りたたんでいるはずであった。私は、急に興味をそそられ、少年時代と同じ事をしてみようと近づいた。よく見ると、チマキ状に巻かれた一方の端が開いており、その中にわずかにクモの糸があるだけだった。2つ目、3つ目とススキのチマキを観察すると、一個だけクモの脱皮した抜け殻が見つかった。

 札幌市保健所環境衛生課のホームページによると、
「クモの名前は、カバキコマチグモ。メスは葉をチマキ状に折りたたみ産室にし,この中で産卵し子育てをする。オスはメスを求めて歩き回るため,時として,室内に侵入し寝具や履物,洗濯物の中に潜み,偶発的に咬まれることがある。オスが活発に活動する夏季には,網戸などを設置し侵入を防ぐ。巣をむやみに開けたり,いたずらをしないこと。咬まれると,激しい痛みと赤くはれるので,医師の治療をうけるとよい」
とあった。

 少年時代、不思議な形だと思っても、特に観察したり、調べたりもせず、ススキの葉を引っ張って歩いたことの善し悪しが、今になって、大変気になりはじめた。

校長 古橋 信彦

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おとなははじめはこどもだった

校長室から・・・平成18年度NO12

1年生の生活科で、あさがおの観察を指導することになった。観察に必要なものを机にそろえ、生活科用画板(鉛筆や消しゴムが入るポケットがついている)を首に下げてベランダに出た。
 「わあ!葉っぱが大きくなっている」「校長先生!しっぽみたいの(つる)が出てきた」「大きい葉っぱが何枚あるか数えられないくらいいっぱいだ」口々に驚きの声を上げる。その驚きと発見を共にしたいのか「校長先生来て見て」の声が次々にあがる。私もいっしょに「すごいすごい」と声をあげた。

 「え!これ何?」私の手を引いて一人の男の子が言う。「校長先生!これ毛が生えているの?」私の手を引いた子が不思議そうに小声で問いかける。大きく成長した本葉の裏表と蔓(つる)にびっしり生えた柔毛にかなり驚いた様子。その子は自分のほっぺたを葉にそっとあて「うわあ!」と今度は大きい声を上げた。

 子どもを教えていて何よりも楽しいのが、このような発見をした子どもの表情に出会えることである。

 校長は教育実習生に講話を行うことになっている。今年も2名が本校で実習した。講話の中で、「常に自分の課題やテーマを持っていること。そうすれば取材しようとかじっくり見てみよう、読んでみようとする心が働く。課題がなければ読んでも見ても心に引っかからない。児童に対しても同じです。常に子どものことで課題を持っているといいですよ。」と話した。

 「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」(サン=テグジュペリ『星の王子さま』岩波書店・内藤濯訳)・・・6月28日朝日新聞天声人語より引用

 あさがおの柔毛に驚いた1年生のように、新発見に躍らす心をいつまでも持ち続けたい。

校長 古橋 信彦

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中田選手の涙

校長室から・・・平成18年度NO11

 「90分間、自陣深くから最前線まで信じがたいほど動き回った。精魂つきはてて、天を仰ぐその目には涙が光っていた。これほど力の限り走った選手が何人いただろう。鬼気迫る闘争心と勝利への執念に満ちたプレーを3試合でどれだけ見せただろうか。(中略)『走らなければサッカーはできない』大会前に中田が怒気を交えて発した不安は現実となった。チームにはどこか生ぬるい空気が漂っていた」(平成18年6月26日 河北新報 未来への進路 より)

 サムライブルーの報道を見るたびに、私にはいつも気になる場面があった。練習の時や、ハーフタイムでピッチに戻るときなど、中田(英)選手が他の選手に真剣な表情で語りかける。聞いている選手の目は中田選手を見ていない。話にうなずくがそれを受け止めていない。流される映像にそのことが見て取れる。どうしても、中田選手は他の選手から浮いているように感じられて、私は気になっていた。
 
本校の教師に中田選手のことを聞いてみた。
「中田は口では正しいことをいっても、みんなといっしょに練習に汗を流すことが少なかったようですよ。一人ロッカールームで本を読んでいることもあったといいます。自分の気持ちを高めるためでしょうけど
 どうやら、あまりいい感じを持っていないようである。

 和をもって尊しとする日本の感覚では、常にみんなの輪の中でいっしょに汗を流し、ときには自分がとくに必要と思わなくても仲間の談笑の輪の中で過ごすことを大切にする。そこから仲間意識が生まれ、団結も生まれる。どんなに才能があっても、唯我独尊の風を感じさせては団結は生まれない。
 農耕民族が厳しい自然と闘い、生き抜くためには、自己主張よりも自己抑制が重要であった。

しかし、それを理解することと、それでよしとするかどうかは別問題である。
  「往年のエース、釜本邦茂さん(日本サッカー協会副会長)を思い出した。味方が守備の間、ほとんど前線でサボっている。が、パスが渡るや、得意の右45度からズドーン!『これがおれの仕事。文句あるか』と。また『ストライカーはエゴイストでなければならぬ』という言葉もある。厳しい試合を勝ち抜く各国のエースにはそのタイプが多い。路地裏のサッカーでハングリーに育ち、本能と技を磨き、一瞬で勝負する。それで自分の価値を高め、大金を稼ぐ。日本のストライカーたちは守りに攻めに、とても勤勉な働き者だった。暑かった初戦は勝負を決める前に疲れきった」(平成18年6月16日 河北新報 河北春秋 より)

 エゴイストが集まれば団結などおぼつかないだろう、との心配はきわめて日本的な思い込みであろう。諸外国の、とくに南米のサッカーを見ていると、プロのエゴイストが集まり、より一段高いレベルで団結が生まれているように思われる。

  サムライブルーの選手たちは「選手はぎりぎりのところで必死にやっている」と語り、「あまり気を高ぶらせても疲れる」とも語っていた、と聞く。これらの言葉からは命がけのプロ根性が感じられない。苦い忠言は聞いているふりをして無視し、他の仲間と仲良しグループを組み、結果として出る杭を打ち、みんな仲良くほどほどをよしとし、ついでに「みんな必死にやっている」とかばい合いをする。そんな甘さがあるうちは世界と戦えない。中田選手はそれを見抜いていた。彼の流した涙は、そのことに気付いてくれない仲間への慙愧の涙であったのかもしれない。
 
仲良し集団からの脱却。中田選手はサッカーを通じて、日本人のものの考え方に大きな課題を突きつけているように思われる。

校長 古橋 信彦

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サムライブルー

校長室から・・・平成18年度NO9

           サムライブルー

 サムライブルーが涙をのんだ。決勝トーナメントに出場できなかった。対オーストラリア戦そしてクロアチア戦のあとの新聞報道に興味が引かれた。

河北新聞(20060614日 水曜日)河北春秋では、
「消極的と、W杯初陣のジーコ采配(さいはい)も批判された。それは万国共通の監督業の常。誰が監督でも、どうにもならぬものがある。「ストライカーは育てられない」。生涯八百余ゴールを挙げたジーコ監督も口にした至言だ。」

毎日新聞(20060619日 月曜日)余録では、
  「藍の世界はサッカーW杯のサムライブルーの選手たちと重なってくる。そこに黄色のユニホームに象徴されるブラジル出身、ジーコ監督の光が注がれれば、新たな生命が生まれるのではないか。そんな夢を見てきた。次のブラジル戦では、黄色の光をたっぷり浴びて躍動美にあふれるプレーを見たいものだ。」

 マスコミの神髄は、批判精神である。批判にさらされても残っていくのが本物であるからだ。しかし、オーストラリア戦のあともクロアチア戦のあとも新聞各社はバッシングに走らなかった。むしろ健闘をたたえ、次への期待を述べていた。

 「日本では、一度失敗すると二度と立ち上がれないほどたたき、葬り去ってしまう傾向が強い。アメリカでは次に立ち上がる機会を与える」と聞いている。批判精神には必ず許容精神が同居していなければならない。上記新聞社はその良い例である。
 
 教育にあるものやこどもを持つ親が常に求められているのは、「過去は問わない。これからを見ている」との姿勢であると考えている。サムライブルーがブラジル戦で大敗した今だからこそ、どんな言説でもってブルーのサムライを迎える日本なのかを注視しておきたい。

                                        平成18年6月20日

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「願兼於業」

校長室から・・・平成18年度NO10

 本校に着任して5年、多くの保護者の方と語り合った。時には、抗議も受けた。そして時には涙される方もいた。私はそのような保護者の方々を心から尊敬している。悩んでいるから真正面に悩みに立ち向かっているから抗議もする、涙するのである。

 以前指導を受けたある校長が「校長室の敷居はどんなに低くしようとしても、親にとっては高いものだ。だから・・・・・」と話してくれたことがある。その高い敷居をまたいでも、自分の子どものために話さずにはいられないと訪れる。悩みと真正面に立ち向かった神々しい姿である。当然保護者は自分が神々しいとは思っていない。ただ渦巻くような苦しみの中でもがいていると思っている。

 「母と子の世紀」(池田大作著 第三文明社)を読んだ。
 「仏法では、自ら願って不幸な境遇のもとに生まれ、それを乗り越えながら人々を救っていく生き方を『願兼於業』といいます。たとえれば、何不自由のない生活を謳歌できる大女優が舞台の上で悲劇のヒロインを演じているようなものです。だからどんな境遇に置かれようと、嘆くことはない。(中略)『負けない心』があれば、人生の舞台を必ず勝利で飾っていけるのです」とあった。

 自ら願ってこの悩みを解決するために自分がいる。解決するまで絶対後には引かないと言う姿勢を持った親がまさに「願兼於業」の人だ。今は苦しいが、願兼於業の人は嘆かず明るく賢く前に進める人である。だから私は担任や校長に語ってくださる方はもう解決の光が差し込んでいると考えている。
 
 子育ての悩みを真正面から見つめることを避けては課題は大きくなるだけである。だから避けてだけはいただきたくない。

 悩んでおられる保護者の方に私は必ず最後に「この子とこんなに厚く関われる。それは幸せなことだと言えるのではありませんか」と話している。

  保護者の悩みについて真剣に対話し、共感し、寄り添う。本校はこのような教師集団に恵まれている。この教師集団にも私は深い尊敬の念を抱いている。

校長 古橋 信彦


校長 古橋 信彦

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「会釈」・・・かかわりを大切に

校長室から・・・平成18年度NO8

「会釈」・・・かかわりを大切に

 本校小学1年生の箸の持ち方を50人調べた。50人中ほぼ正しくもてる子どもは9人であった。
 親は「箸の持ち方が正しくないからどうということはない。食事ができれば取り立てて問題にする方がおかしい」とか、「子どもの運動能力の発達段階に応じて指導することで、子どもに強要することではない。強要すれば子どもは食事が楽しいと感じなくなる」とまさか言わないだろうが、親ができないことを自分の子どもにはしつけることができないとあきらめてしまうことはない。親が子といっしょに正しい持ち方に挑戦すれば、親はできなくても子はできるようにきっとなる。どうして正しく持たなくてはならないかなどと理屈を語るつもりはないが、ぎこちなく箸を使う人といっしょに食事をする不快感は誰でも経験していることだろう。

 本校に着任して今年で5年目。着任以来「会釈」を指導するよう先生方にお願いしてきた。子どもたちに指導するばかりではなく、先生方自身が実践することが子どもに伝わる効果的な方法だとも話してきた。近頃、先生はもとより多くの子どもたちが「会釈」をおくっている。来校者にも会釈がおくれるようになるには根気強い指導がまだまだ必要ではある。

 会釈は相手を無視しない、尊重していますというサインだと考えている。相手の存在を認めていますよという心の表出だとも言える。また、会釈は日本文化の良き姿でもある。

 本校は学校教育目標に「人とのかかわりを深める」事を掲げている。こどもどうしのかかわる力が弱い、もっと児童どうしで話し合いを深める授業ができないかなどの職員の声を受けて設定した教育目標である。この教育目標の具現化のための最も基本の部分が「相手の存在を無視しない。尊重する」という姿勢を日常生活で育てることだ。その一つの実践として「会釈」を身につけさせたいと考えてきた。

 しかし、この会釈の指導方法に疑問を感じている職員もいる。曰く「会釈は発達段階に応じて指導するべきで、どの学年も同じように指導すること
は難しいのではないか」。この主張は、箸の持ち方を発達段階で教えることだとの主張とは違うだろうが、発想の原点に近いものを感じるのは私一人だろうか。
 会釈の意味を分からせることは、確かに発達段階に応じて行うことが大切である。だが、行為としての「会釈」はどの学年でもしっかり身につけさせることが大切だと考える。

                                          平成18年6月1日

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「も」の書き順 一画目は?

校長室から・・・平成18年度NO7

                 「も」の書き順 一画目は?

 私が初めて小学1年生の担任を受け持つことになったのは、採用されてから5年目である。新任で3年生を担任。2年目が4年生。仙台市内の学校に転任して5,6年を担任した。私は自分の実力も顧みないで、教頭先生に1年生を担任したいと申し出た。教員になって6年間で小学校全学年の担任経験をすれば小学校教育の全体が見えるのではなどと生意気なことを考えたからである。

 願いは見事叶って、1年生の担任をすることになった。しかし、不安がすぐ私を包んだ。それは、1年生の先生として大切なひらがなの指導に全く自信がなかったからである。入学式数日前に、学年主任の前で、ひらがな50音を書き、見ていただいた。学年主任は、私が書き終わるのを待っていたかのように吹き出して笑った。「先生、20数年ひらがなをそう書いてきたの?」「も」「な」「む」「お」「あ」一つ一つ間違いを指摘された。数日間練習
して入学式を迎えた。

 3度目の1年生担任は、1度目から10年たってのことである。どうしてもひらがな指導に自信が持てなかった私が今度こそと一念発起して、ひらがな50音を全て分析し、指導法研究し、熱心に取り組んだ。

 私は、自分が小学1年生の時ひらがなをおぼえる時期に病気になり、学校ではほとんど学んでいない。母が枕元で教えてくれた。「も」の書き順を20数年間間違えておぼえていたのも致し方ない。学校を休むということは、重大なことだとその時やっと気がついた。しかし、気がつけばしめたもの。取り戻す努力があればたいていは大丈夫である。休んだことが決定的なことではない。

 学校に行きたくてもいけない児童もいる。学校に行かないから重大な欠落が生ずるのか。いや大丈夫。学ぶ意欲を培うべく今、心の準備をしているのだから。心の準備ができあがることの方が大切だ。準備ができれば、あとは自分で取り戻すよう必死になればいい。必ず取り返せる。私はそう信じている。

                                         平成18年5月26日

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号令は

校長室から・・・平成18年度NO6

                         号令は

多くの人は、学校を卒業してから「気を付け」「休め」「前へ 進め」などの号令に接する機会はほとんど無いでしょう。また「前に ならえ」などの号令は、小中学校以外では耳にしない。ましてや、このような号令をかける立
場にいる人は希でしょう。

 ところが、学校の教師は、大学を卒業し教員に採用されると同時にこの号令をかける立場になる。体育の授業や朝会、運動会などこの号令が氾濫する。

 「きをつけ」は、両かがとを付け、足を45ほど開き、背筋を伸ばし・・・・・etc.
 この姿勢を続けているのはなかなか難しい。しかし、教師は、この姿勢をさせたまま3分5分と話をする。よって、児童は気を付けの姿勢を維持できなくなるのは当然である。よって、「気を付け」も「休め」も児童にとってあまり意味のない行動となる。号令をかけられた瞬間以外は、どちらでも良い姿勢になる。これは、号令をかける教師側の姿勢に問題がある。

 そこで、こんなメッセージを先生方に出してみた。

「号令」について考えてみました。

 30年ほど前の運動会の反省会での職員の発言

いちいちの行動に号令が入り、うるさい。
号令の代わりに笛を使ったほうがよいのではないか。
号令は命令であり、軍隊を思い出す。

 今、私は号令の存在の善し悪しは別として、号令についてこのように考えている。
 号令は、子どもたちが集団で行動する場合迷わず、納得して、気持ちよく行動できるためにかけるとともに、集団で行動する場合の安全確保にあると考えている。

 「気を付け」は、行動を起こすときの集中力を高め、「休め」は立った姿勢で話を聞く最も合理的な姿勢であると考える。

よって、号令は凛とした声で、すっきりかけること。安易に号令をかけないこと。号令をかけられる側の気持ちを十分に尊重し、タイミング良く(号令を
かけられる側が心地よく感じる)かけること。ましてや「突然大声で」「聞こえないくらい小さい声で」「何を言っているのか分からない」号令は絶対してはならない。笑い話だが、「駆け足、用意、前へ進め」と号令をかけた教師がいるという。子どもが何人も転けて、怪我をしたという。
 また、号令をかけ窮屈な姿勢をとらせたまま、長時間話をするなど無神経な教師の姿勢は猛省すべきである。例えば、「気を付け」をかけたまま、3分4分と話をするなどは論外である。

 一つの号令で一定の姿勢を要求する号令。それを発する権力を教師は持つ。そのような権力を持っているという自覚と責任と恐れを教師は持たなければならない。教師のかける号令で30人、40人、時には数百人を動かす。これは大変なことだ。だからこそ、集団で集まっている児童を安全に行動させ、集中力を高め、合理的な姿勢で話を聞かせる号令を目指さなければならない。しかも号令をなぜ今かけられるのか子どもが納得いくものにしていかねばならない。

                                         平成18年5月25日

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教育基本法改正?

校長室から・・・・平成18年度NO5 

                   教育基本法改正?

教育基本法の改正論議が行われている。われわれ教育に携わるものとして強い関心を持っている。しかし、職員室の話題とはならない。簡単に議論できる内容でもない。そして、政治の色合いが強く、われわれとはかけ離れた政党の利害の問題になっている感がある。

 誤った教育ほど恐ろしいものはない。その端的な例が、先の大戦中の軍国主義教育である。多くの青年を何の疑いも持たせずに戦場へ送り込み、幾百万の悲しみを生み出してしまった。何のための教育か--この点が一番大事なはずである。ところが、この点が最近はどうもあやふやになっている。

 わたくしが最も影響を受けた戦中の教育学者(小学校長)は、戦争に反対して獄死した。この先生は、「教育の目的は子供を幸福にすることである」と明快に指摘している。さらにこの先生の弟子は「大学は、大学に行けなかった庶民のためにある。民衆の幸福に尽くし抜く指導者が、陸続と巣立っていってこそ、教育の勝利である」と指摘している。

 自己の幸福追求と他人の幸福追求。この両輪を回し続ける力を育むという視点を胸に刻んでおきたい。何よりも「他人の不幸の上に自らの幸福を築くことは決してしない」という考え方を教育基本法の精神としてほしいと願っている。

                                         平成18年5月24日

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若葉が虫に食われても

校長室から・・・平成18年度NO3

樹冠無き古木に萌える柿若葉(彦)
 どんなに長い年月その家の庭で実をたわわに実らせたことでしょう。庭先の柿の木は、途中から切りとられ、朽ちた幹が痛々しい。しかし、春。命の息吹は古木をも突き動かし、新芽が残された数本の枝から萌えだしている。ふと足を止めたある庭先の柿の木である。

 春早々と買い求めた青紫蘇(しそ)の苗。小さな我が家の菜園できっと豊かな茂りを見せ、初夏の香りを食卓に届けてくれるものだと思っていた。囲いまでして大切に育てていた。しかし、たしか4枚もあった本葉が、ある朝見てみると全て虫に食べられ、茎と葉柄だけがYの字になって残っていた。見事な虫の仕業にむしろ感心してしまったほどである。

 学校は5月が大きな山場を迎える。特に1年生は、それぞれ違った幼稚園や保育所から集まり、新しい集団生活が始まる。始めは周りの級友にも気を遣って優しく接していたもののこの季節から様々なトラブルが発生する。これは本来の自分を表現し始めた証拠である。「悪口を言われた」「何かとちょっかいを出された」「意地悪をされた」時にはなぐられた、つきとばされたなど次から次へと涙顔が「先生!あのね。○○ちゃんがね・・・・」との訴えが毎日のように続く。
 1年生にとっては、きちんとした学校という枠の中で活動する初めての経験である。この時期の児童にとってのトラブル(意地悪や悪口などをした、された)は、大人が両者の気持ちを温かく受容し、善悪と受け止め方をきちんと諭していくことが大切である。一方、児童が集団生活の中で、自己をどのように表現し、どう学級の友だちとかかわりを持っていくかを学校でも家庭でもいっしょに諭していく時期でもある。そして、一つのトラブルで、この子はどうだと決めつけることや、親が意地悪を受けた我が子を守るために、意地悪をした子を全て悪者にすることは、多くの級友とかかわる機会をかえって少なくする。
若葉は、時に虫に食べられ、時に風に吹き飛ばされそうになる。薬をか
けすぎれば枯れてしまう。すっかり囲いでおおってしまえば、日があたらない。「そんなこともあるさ、自分でどうするか見ていよう」と自立へのあゆみをじっくり見守っていくことが大人の大切なかかわり方である。
菜園の青紫蘇は、Yの字になったまま空に向かってまだ突っ立っている。

                                          2006年5月17日

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今は見えないが

校長室から・・・平成18年NO2 


今年の冬は雪が多く、春の暖かさを感じるのも遅かったように思える。平年より遅れて桜が咲き、しかも一気に若葉の5月を迎えるのかとの思いも裏切られる日々が続いている。

 しかし、驚くことがある。昨日まで若芽さえ見て取れなかった校庭の木々が一晩の内に新芽を出し、その次の日には若葉が木全体に吹き出した。その一週間後には、神々しいほどの新緑で木全体を覆い尽くしてしまった。
 「いつになったら温かくなるのだろう、ほら校庭の木々もまだ北風に身をすくめているようだ」と思っていたのが不思議なくらいである。

 歯科校医の先生が校長室で懇談してくださった。

 「児童の歯科検診前、担任の先生に『この子は口を開けずに検診できないかもしれません』と言われた児童がいる。しかし、いざ検診の順番になるとその子は、何の抵抗もなく口を他の児童と全く変わらずに大きく開けた。
 歯科校医の先生は、教師の先入観が怖い。私は先入観を持たず、その子を一人前の人間として遇した。子どもは教師の先入観通りに育ってしまう。今までそうだったから今度もそうだろうと思いこんだら、教育は成り立たない。先生の一言を素直に聞けない児童がたくさんいる中でご苦労されているのでしょうが、どうかよろしく願いたい。」

 昨日までの君と今日の君はもう違う。びっくりするような若芽を出すかもしれない。数日で全身を新緑で飾る力を秘めているかもしれない。そんな期待を常に忘れない教師でありたい。そんな人間信頼に根付いた期待を辛抱強く持ち続ける力が教師の本当の力なのだろうと感じさせられた。

                                                                                                                               2005/5/11

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「4月中は午前授業にして」

校長室から・・・平成18年度NO1

「4月中は午前授業にして」

本校は4月中を午前授業にしている。午後は会議をできるだけ持たないように配慮し、午後の時間を教師個人の時間としている。一年間を見通した計画を作成するためである。ある学年は一年間の学年行事や学校行事のテーマや取り組み方について協議している。ある学年は担任一人一人が教室にこもって一年間分の教科書を開いて、単元配列に修正を加えている。またある学年では、総合的な学習の時間を組み立てる現地調査に行っている。

 4月当初は学級事務も繁多である。しかし、学級事務に追われて一年間を見通す作業を怠ると日々の教育活動がやたら忙しく感じ、疲労感にさいなまれる。おなじ忙しさの中に投げ出されても、一年間の見通しを持った上であれば疲労感に襲われることはない。むしろ、どう計画を修正すべきか児童の実態を見つめる楽しみが増してくる。

 本校では、朝の打ち合わせを週2回から1回へと減らした。その時間に児童とのかかわりを持とうとしている。連絡したいことは、机上のPCの掲示板に書き込むこととし、全職員は休憩時間に更新ボタンを押しては確認することになっている。

 良い実践をしよう、児童とのかかわりを深めよう、児童理解を深めようとすれば少しの時間でも貴重である。だからこそ、他の教師の時間を束縛しないように会議や打ち合わせを少なくしようとの考えから生まれた方法である。

 そうしてゆとりを生みだそうとしているが、教師のゆとりは、時間的ゆとりばかりではない。日々の授業の手応えがあって、心にゆとりが生まれる。そのための4月中の午前授業である。

平成18年4月26日

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