季節

秋は花盛り

窓(H20.11.26NO80

「秋は花盛り」

晩秋といえるだろうか。むしろ初冬と言ってよい季節である。見上げる山々の落葉樹の葉はそれぞれ個性的な色付きを見せ、冬芽に次代を託して落葉していく。

机の上にニシキギの葉が一枚ある。ドウダンの葉も一枚。そして、桜の葉も一枚。通勤途上で私の前に輝いていた葉達である。どうしても手にとってしまいたくなる輝きであった。一枚手にとってながめ、ふと視線を上げると色づいた葉を身にまとった木が目に入る。

ニシキギの葉は猩猩緋(しょうじょうひ)。※猩猩・・・中国で想像上の怪獣体は犬や猿。毛は長く朱紅色。ドウダンの葉は深緋(こきひ)。桜は紅赤(べにあか)、中黄(ちゅうき)が斑になっている。歯の色名は、和色大事典をネットで調べ、画面上に出して一枚一枚の葉を比べてみた結果である。

和色大事典に掲載されている赤系統の色は、50色を超えている。黄色系統は20色を超え、その多様な色に差は、画面上で定かに判りかねるほどである。こんな微妙な色の変化を捉え、命名することが出来たのは、人を圧倒するほどの色彩の美しさにあったに違いない。私が住む東北の山々は正に今花盛りといってよい。

ある研修会に参加した折、沖縄から来た青年といっしょであった。東京に約3ヶ月寮に宿泊してのその研修会は開かれた。11月にはいるとその青年は休日に栃木県日光山に紅葉を見に行くと張り切っていた。私は、交通渋滞を心配し、「わざわざ行かなくてもいいのに」と。月曜日からまた午後5時まで講義を受けるのだから、「寮に戻るのが月曜日になってしまうよ」と付け足した。するとその青年は、不思議そうに私を見て、何も言わなかった。案の定、午前3時近くなって、その青年は寮に戻ってきた。そして月曜日の研修の休憩時間に眠そうな眼をこすっていた。

紅葉はもとは「黄葉」という字があてられていたという。内から「もみだす」色との意味から「もみじ」と呼ばれ、いつの頃からか「黄」が「紅」になった。

ある新聞のコラムに唐代の杜牧の「霜葉は二月の花よりも紅なり」という詩が紹介されていた。霜にうたれた楓の葉は、春の盛りの花よりも紅いとの謂だろう。しばしば、熟年を超えてさらに精力的で盛んなるさま、輝く姿を譬えるときこの詩が引き合いに出される。

人生完成時期に差し掛かるとき、自分はどんな色に染まるのか。「もみづ(もみいづる)」が紅葉の本来の意味であるなら、人の心の琴線に触れ、労苦と希望に磨き抜かれた人間の内からにじみ出た色彩に染まりたい。しかし、色づき半ばで多く落葉する。定年過ぎたからこそ、ますます少しでも社会の何かのためになるという自分の柱を確認する日々と実践でありたい。

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一目千本桜

窓(H20.04.14NO70

「一目千本桜」

 桜の花は下を向いて咲く。下から見上げるように見るのがよいといわれている。私は白石川岸の一目千本桜を見上げながらしばし歩いた。二人の孫が両手をふさいでいる。春風が桜花をかすかに揺らす。確かに花は私たち三人に笑みかけるように見下ろしている。

小さな白い雲がゆっくりと動いているのが花房の間から時折見える。いまだ開花しないつぼみの花先は桜色が一箇所に集まったように色が濃い。紅紫といってよいほどである。今から開こうとする命の力強さのゆえに紅紫なのだろうか。この色は、開くにつれて花弁に等しく移っていき、あの品の良い桜色になっていく。車中、地元の放送局のアナウンサーが「ピンクといっても白に近い上品な色なんですよね。桜の色は。あの色に包まれるととても癒されるんですね」と桜花を評価していた。

 

 一目千本桜は、大正12年に白石川堤防が竣工した際、

大河原町

出身で、当時東京で成功していた高山開治郎氏が、2人の植木職人とともに、約1,200本を未来の桜の名所を夢見て植えたものである。大正12年4月28日付け河北新報には「桜苗木寄贈・大河原出身者東京林業社社長が桜苗木を一千本寄贈」との記事があるという。植えられた桜は、今年で85年の年月である。現在総延長約8kmの見事な景観となっている。植えつけられてからどれほど多くの方々がこの桜を守ろうと努力されてきたのか。人々の桜への思い入れの深さが感じられる。

 両手の孫たちも100年前いや歴史そのものの恵みを受けて大きくなっていく。今はまだ、花先が紅紫さえにもなっていない孫たち。この子たちがまたこれから先の人々に恵みを贈れる人に成長してほしいと願いながら、ちょっと強くなってきた春風の中を歩き続けた。

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芽吹き

窓(H20.04.10

NO69

「芽吹き」

「ケヤキの木が赤いよ」とすれ違った男の子が母親に声を掛けた。街路樹のケヤキの新芽がぼんやりと茶色に染まっている。「春の暖かさで新しい葉が出始めたのね。まだ赤ちゃんだから赤いんだね」母親は立ち止まってから、男の子と手をつないだ。ケヤキを見上げている親子をそっと春風が包んだ。

 桜開花のニュースが出て人々の目がそろって桜に集まっている。しかし今見ごろなのが落葉樹の芽吹きである。山里を散策するとそれぞれの木々が個性豊かに新しい葉の色とその出し方を競っているかのようである。イロハカエデは葉の先を地面に向け、うなだれるように新芽を出す。そして葉の先端を赤く染める。うなだれたように芽吹くのはコナラも同じである。エゴノキは天に向かって万歳しているように上を向いて芽吹き、薄萌黄色に開く。ミズキも同じように天に向かって芽吹く。

 多様な芽吹きの様子を見ていると、新聞のコラムで読んだ松下幸之助氏の生き方を思い出す。氏は、万物が芽吹き、草木が躍動する春の様子を「積極主義」と評したという。厳しい冬であろうと、「積極主義」で自然は成長し続ける。氏は、積極主義こそ「わが社の伝統の精神」として、新たな事業に向かった。また、「つねにみずから新しいものをよびおこし、よびおこしして、そしてなすべきことをなしてゆくという態度を忘れてはならない」(『松下幸之助実語録』)とも言っている。

 芽吹いたケヤキの葉が赤いと驚いた男の子の心の中に、春の浮き立つような想いと母親の手のぬくもりがきっと、明るく積極的な生き方を好む青年へと成長させていくのだろうと思いつつ、私は二人を見送った。

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花見

窓(H20.04.04.

NO67

「花 見」

東北の町にも桜前線がもうすぐやってくる。そんな話が家族で交わされた。「花見もいいけれど、あの提灯と演歌を流すのと屋台だけはいただけないな」「ぼんぼり(雪洞)は秀吉の時代にもうあったそうだ。いわばライトアップかな」「吉野の花見では飲めや歌えも行われたのだから、皓歯細腰の姫たちが音曲にあわせて踊ったのも伝統みたいなもの。演歌も仕方がない」「人が集まれば、食物屋が集まるのは世の道理。大阪夏の陣の勃発直前にも食物屋だけは最後まで店を閉めなかったというくらいだから」「やんぬるかなと諦めますか。提灯と演歌と屋台は!」ということになった。

東京新聞のコラム「洗筆」でこんな文を読んだ。以下引用

花見の三要素を<「群桜」「飲食」「群集」>と定義するのは白幡洋三郎著『花見と桜』。奈良・平安の昔からある習俗が江戸時代に民衆娯楽化して今に続いているものらしい。確かに三要素の、どれ一つを欠いても、気分が出ない感じがする。

ゆっくり桜の見事さを愛でて、騒がしさはいらないとするわが家族はやはり変わり者らしい。

「花見」は農耕者が作物の植え付け時期を開花によって知るために桜を見に行ったのが由来だ。ところが見事に咲いた花がぱっと散るさまが男らしいと何かの意図があってか命を軽視する思想のために使った。「男ならぱっと散れ」とはまったく都合のいい話に仕上げたものである。

「洗筆」でも「花の観賞」が花見の三要素に入らないのは仕方がないと白幡氏の三要素を道理だとしている。我が家も花見で詩歌を詠むなどと一人気取っていずに、屋台から大いに買出しして、飲食と手拍子でまいりますか。

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浮かぶ花弁

 

窓(H20.04.02NO65

「浮かぶ花弁」

春陽が眩しい。私の勤務先の本社の前に日本庭園がある。光りに導かれるように垂れ柳がやわらかい萌黄色の芽を吹き出し始めている。柳の枝は池の中央に向 かってゆらりと向かっている。数週間前まで池は干されていたが、今はたっぷりと満たされている。その池の水面に真っ赤な花弁がゆっくりと動きながら浮いて いる。本社屋を管理する館長が「あれは山茶花ではないのですよ。寒椿です」と説明してくれた。確かに「寒椿」と記入された木札が付いている。

 椿なら武士が嫌ったように花の首から花丸ごとが落ちる。この寒椿は異種で山茶花のように一枚一枚の 花弁が落ちるのだろうか。どうも理解し難い。多くの人々が山茶花のことを寒椿と思い違えているようだが、この木札をつけた人もひょっとしてそんな誤謬の穴 に落ち込んでいるのではないかと疑った。  ともあれ、浮かぶ花弁は8枚。ゆったりと付いたり離れたりしながら円を描くように揺蕩う(たゆとう)様である。これからもっと多くの花弁が池に浮かべば いったい水面はどのような様になるのか想像する。最初に浮かんだのが映画「椿三十郎」である。大量の椿の花を流すシーンである。でもこれは、花弁ではなく 花丸ごとが流れていく様である。真っ赤な椿の花丸ごとが大量に流れる様は確かに見事である。しかし、風情はない。本社前の寒椿の花弁が池に浮かぶ姿は風情 がある。

 さて、椿の花には香りがない。だが、「ツバキは香りのないことなど問題にならぬほど完璧に美しい」 と「花の文化史」の著者コーツの言を新聞のコラムで見たことがある。椿が咲くと春の訪れが近いとされ、「古事記」や「万葉集」にも登場し、古くから親しま れている。確かに池は春陽で包まれている。季節は今、春の入り口の扉を開け放った。

 

 

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好雨

窓(H20.03.29NO64

 

「好  雨」

 

「好雨知時節、当春乃発生」(好雨 時節を知り、春に当たって すなわち発生す)。杜甫の「春夜喜雨」という詩の最初の一節である。今日は朝から雨である。昨 日までの温かさとは打って変わって肌寒い。しかし、コートに襟巻きまでは不要である。しっとりと濡れた地は黒々として、芽吹きを一層誘うようである。将に 「好雨」である。

 

 霧の中に透けるように見える山のように駅前公園のニシキギはぼんやりと輪郭を現し始めている。近くからはまだ骨だらけの枯れ枝しか見えないのに、遠くからは紅い輪郭が見えるのである。

 

遠くの山々がこの雨を吸い込んで、ほの紅く見えるのは、芽吹いた直後の葉の先端の紅色のせいである。それが数日すると葉の裏が柔毛に覆われた若葉となる。そして葉の裏が柔毛の銀色に、表面はそれぞれに独特の緑色となって風が山々を通るたびに山全体が緑となり銀色となる。

 

冒頭の杜甫の市に続く二文には「随風潜入夜 潤物細無声」(風に随ってひそやかに夜に入り、物を潤し細やかにして声なし)とある。春雨が慈雨と呼ばれるのに相応しいのは杜甫のような詩人に会うと一層その意が深まるように思う。

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春まだ遠きか

 

窓(H20.3.2NO61

 

「春まだ遠きか」

 
「春近し」は、まず日射しの変化で感じ取られる。「光の春」と言われる。勤務する事務所に向かうため、地下鉄の入り口を出た。一瞬いつもと違う太陽の明るさを感じたのは立春を過ぎて数日後であった。

  その光に誘われて地下鉄入り口の小さな公園にある椿に目をとめる気になった。春も秋も夏さえも毎日足を止めてみている椿であるが、冬はどうしても足早にその前を通り過ぎていた。三輪咲いている。一輪は寒風に揉まれたのか花びらが傷ついている。残りの二輪はこれからも来るであろう春雪を知らずか可憐に五分咲きである。「嗚呼、咲いていたか。もう三輪も。いや申し訳なかった」とつまらぬ独り言を言いながら、一輪を手のひらで包んだ。それから数日後、椿の葉に積もった塵を拭うような小雨が降った。椿は小雨を沐し、すがすがしい姿になった。明るさを増した光が一層それを引き立てている。夕、週末寒波到来とTVが伝えていた。

  前三後一とは、獅子が獲物を捕らえる姿である。百獣の王の油断せぬ様を表している。春の至福はそう簡単に到来はしない。「温度の春」が訪れるまでは冬と春が何度も行ったり来たりである。春の油断せぬ慎重さが恨めしい。

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春近し

窓(H20.02.13NO63

 

「春近し」

 

「春近し」は、まず日射しの変化で感じ取られる。「光の春」と言われる。勤務する事務所に向かうため、地下鉄の入り口を出た。一瞬いつもの違う太陽の明るさを感じたのは立春を過ぎて数日後であった。

その光に誘われて地下鉄入り口の小さな公園にある椿に目をとめる気になった。春もあきも夏さえも毎日足を止めてみている椿であるが、冬はどうしても足早にその前を通り過ぎていた。三輪咲いている。一輪は寒風に揉まれたのか花びらが傷ついている。残りの二輪はこれからも来るであろう春雪をものともせぬ風情で五 分咲きを保っている。「嗚呼、咲いていたか。もう三輪も。いや申し訳なかった」とつまらぬ独り言を言いながら、一輪を手のひらで包んだ。

それから数日後、 椿の葉に積もった塵を拭うような小雨が降った。椿は小雨を沐(もく)し、すがすがしい姿になった。明るさを増した光が一層それを引き立てている。

 
 「明日からこの春一番の寒波が日本列島を覆います」椿の葉のすがすがしさを愛でて数日後の天気予報である。寒波到来の日、夕刻妻を駅まで迎えに行った。7,8分で駅に到着するはずが、30分もかかった。対向車線は1キロメートルも渋滞している。団地に登る坂道を登れない車が立ち往生している。車外は吹雪である。路面は凍結している。駅からまた30分以上かけてやっと帰宅した。寒波は4,5日日本列島上に渋滞するという。冬将軍が春の姫君の到来を意地悪にも邪魔立てしているかのようである。

 
 前三後一とは、獅子が獲物を捕らえる様を表現し、百獣の王たるものでも油断せぬ様を表している。春の至福はそう簡単に到来はしない。「温度の春」が訪れるまでは冬と春が何度も行ったり来たりである。春の姫君の油断せぬ慎重さが恨めしい今日この頃である。

 

 

 

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シャリ、シャリ

窓(H19.10.31NO55

 

シャリ、シャリ

 

地下鉄の階段を登り表に出た。いつも通る路を歩き始めると足下で「シャリ、シャリ」と音がした。なぜかとても懐かしい音だ。見ると大人の手ほどの大きな枯葉が数枚足下にある。ユリノキの葉である。形はカナダの国旗にある楓の葉に似ている。空を見上げながら歩いていた私の足に枯葉が砕かれた時の音であった。

 

ユリノキはモクレン科の落葉高木で、原産地は北アメリカ。私のそばで見上げるばかりにそびえている。英名はチューリップツリーというから、名にふさわしい花が咲くのだろう。今、葉々が品の良い黄色に輝いている。

 

音を懐かしく思ったのは少年期に長靴を履いて雑木林の中を遊び歩いた記憶からなのだろう。「カサカサ、シャリシャリ、パッリパリ、コソッコソッ、シュシュ、ココココ・・・・」落ち葉を踏みしめるといろいろな音がでる。自分がまるで大男になったような気分で雑木林をゆっくり歩く。「カサカサ、シャリシャリ、パッリパリ、コソッコソッ、シュシュ、ココココ・・・・」夏までは木々の上で音がしていたのに、今は自分の足下で音がする。夏までは見上げても空は、葉々で遮られて見えなかった。秋は雑木林の中にいても空は間近に見える。私は秋の雑木林で巨人にすらなった。

 

「ココココ」は木の実が葉の上をころげ地面に落ちる音だ。落ち葉をそっと退けてみると、落ち葉の下に、淡いオレンジ色の傘のようなものがある。よく見ると、ドングリの実が堅い殻を破って、地面に根を這わせている。クヌギやカシなどの落ち葉の下だと、ドングリは雪や寒風にさらされない。寒風と朝夕の凍てつきも和らげてくれる。ドングリの実は、落ち葉にくるまれ、春には腐葉土となった葉々を掻き分けて一足早く芽を出し始める。落ち葉は命をはぐくむ布団の役目を果たしている。

 

私の師匠は「だれよりも『知恩の人』『報恩の人』でなければならない」と指導してくださった。恩はドングリにとっての落ち葉のように見えてくるものではない。こちらが心で感じ取るものだ。心の感度を研ぎ澄ましてこそ・・・。シャリシャリ。落ち葉を踏みしめる私、空を見上げる私、歩道のユリノキの枯葉は私を一瞬無垢にしてくれた。

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前後の影

窓(H19.10.NO54

 

「前後の影」

 

4分音符をさかさまにしたような外灯がまっすぐに続いている。外灯が続く路の行き着く先は暗い群青色の空である。外灯に近づくと私の後ろにある影は少しずつその身を短くする。外灯そばを通り過ぎた瞬間、影は私の前に突然現れる。そして私が歩くスピードに合わせその身を大きく伸ばす。

 

私の後ろに前に短く長く入れ替わるように影が変化していく。そんな影を眺めながらだいぶ歩いたように思う。自分は歩いているここにいる自分だ。自分の長さは変わらない。背伸びをしようが、身を縮めてわが身を偽ろうとわが身の実態は変わらない。今までの自分はそれがなかなか分かっていなかったように思う。社会の役割としての自分を装うこと、演じることが必要であった。しかし、自分を装っても演じても自分というものとの葛藤が続いていた。そして、仮の自分さえも全うできず、自分らしさに回帰しながらもまた仮の自分を祭り上げる。私の後ろに前に短く長く入れ替わるように変化する影が、今までの自分を象徴するように思えてくる。

 

35年間の仕事から退職し、新たな職場を得た私は今自分を振り返っている。35年間は燃え上がるような目的感と使命感が私を包んでいたように思う。実際は眼高手低ではあったろう。それでも自分がせねばならないことに真剣に立ち向かってきた。しかし、現在眼前で変化する影を見て心に感じることから見ると、私は今自信喪失状況なのだろう。退職後新たな職場を得た人間がたどる心の変化であることはわかっている。

 

今朝、勤務する事務所近くで「ニシキギ(錦木)」の赤い実を3個見つけてポケットにしまった。ニシキギの実は小さな殻を二つに分け、中から真っ赤な実が二つ顔を出す。すでに葉は唐紅から紅へ、そして茜色に染まっている。60年間の人生で私もまだらではあるが紅葉の季節である。小さな実もどこかに付けているのだろう。まだまだ夏炉冬扇とは言われまい。閑雲野鶴の時まで粛々と歩を進めることにしよう。ポケットの実は帰宅したら植木鉢にそっと蒔くことにした。

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秋の色

窓(H19.10.28)NO5

 

「秋の色」

 

朝焼けと夕焼けの美しい季節になった。午後四時ころからくっきり晴れた秋空の青色が白いレース一枚に覆われた色になっていく。その空に浮かぶ雲が夕日に照らされて一部薄く桜色に変化する。和色でいうさくらねず(桜鼠)色である。桜鼠色は、また徐々にときねず(鴇鼠)色へと変化する。そして紅藤色へと柔らかい雲を彩り始める。その変化は一瞬である。次に今までの青色を基調とした色から黄色を基調にした色に変わる。蜜柑色から橙色へと、そして朱色の空になるのは間近である。

 

「季節の中で最も彩り鮮やかな時は?」と聞かれたら春夏秋冬のうちどれを選ぶでしょうか。今まで何かと忙しさにまぎれていた私にはそんな設問さえ頭に浮かんでこなかった。このごろはじっと空を見上げたり、一本の木にこだわって数ヶ月毎日観察したりする心の余裕と時間ができた。私の答えは今までは「やはり春でしょう」だったに違いない。しかし、今はなんと言っても「秋」という答えになる。

 

まず空の色は秋が最も彩が多いのではないだろうか。春の木々の緑はじっと観察すれば多様な緑色を持っている。しかしその違いはそう多くは無いように思う。秋の木々の葉の変化はそれは劇的であり、多様である。「ニシキギ(錦木)」は秋の紅葉を楽しむ木として名高いが、私が毎日一服するために立ち止まる小公園に植えてあるニシキギの日々の彩の変化に思わず「ほ~~~!」と声が出る。黄色から深紅に染まるまで少なくとも510色といってよいほどの色に変化する。刮目してもう一度見るほどの変化である。和の色事典で名前を調べようとしたが赤色だけでもあまりの数におどろいてしまった。「色の名前事典」http://www.clovernet.ne.jp/~shouchan/iro/iroziten.html で緑色は36色、赤色は62色が紹介されていた。

 

藤沢周平の作品を読むと色彩名を直接記述していないが、文章から色が見えてくるときがある。それも多様な色である。周平は山形県生まれ、当地の教職にも着いていた。文章に多様な色彩をちりばめるのは、彼が東北出身であり、秋の多様な彩を幼少から眺めてきたからではないかなどと勝手に想像している。

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秋風も

                               窓(H19.10.17)NO52

                                      「秋風も」

  頬をひやりとさせる風が通り過ぎ、街路樹の上まで這い登り水分の少なくなった葉々をこすり合わせてかさかさという音をたてている。水分を含んだ薄黒い瘤を膨らませた雲が無数に空一面を蓋っている。南の空のわずか一角だけまだ明るい勿忘草色の切れ間がある。昨日までの抜けるような秋空が、今日は冬の空の顔を演じている。

   地下鉄駅前の公園の椿の実は大きく三つにわれ、種が飛び出して下に落ちたようだ。種を探してみたがなかなか見つからない。きっと「落地成根」となるのであろう。椿の殻にくっついている種を一個だけいただいた。実をポケットに大切にしまった。

  自宅の玄関脇に30年前に植えた楓の木がある。楓の実には、翼がついている。冷たい風が吹き始めるとその風に乗ってくるくる回って落ちる。落ちた先がプランターだったり、植木鉢だったりすれば次の年はそこから発芽し、双葉となり、2,3年後には20センチにも30センチにも成長する。我が家ではそれを鉢植えにして楽しんでいる。椿の実をさっそく小さな植木鉢に埋め込んだ。来春が楽しみである。

  桜の仲間で実生で育つのは、山桜、彼岸桜、大島桜の3種類だけだそうだ。これ以外の桜は接木をしなければ育たない。ヒマラヤをルーツとする桜が日本で自生するまでどのような歴史があったのだろう。気が遠くなるほどの年月である。虫や鳥、風や人間が創り上げてきた見事な自然という作品としか言いようがない。

  樹木の葉のこすれる音で来る冬を知らせる秋風も薄黒い雲も雲の裏側で輝く太陽も、今、感じたり見たりしている自然を創る担い手なのだと思うとなぜか歓びが胸にふっと湧いてくる。

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待宵草

窓(H19.8.19NO42

 

「待宵草」

荒地待宵草が咲いている。夏の昼から咲き始める。今までも咲いていたろうにそれに気付かず夏の終わりになるとふと目に入る。ああ!夏が終わるなと思う一瞬である。厳しい残暑の中でしかも道端や団地の空き地に咲く。大待宵草や待宵草は夏の夕刻に開花し翌朝しぼんでしまう。だから日中人目を引くことは少ないのだろう。それに比べ荒地待宵草は昼から開花する花である。

 

 8月の中旬を過ぎるころ、私は焦燥感をいつも持つ。夏の特別な計画があったわけでもないのに、この頃になると計画したことが進んでいない、し終わっていないという気持ちが襲ってくる。これは私だけだろうか。そんな気持ちをいっそう強める役割をするのがこの荒地待宵草の黄色い花である。咲いている場所と時間と強い太陽、そして昨日咲いてもう白っぽくかれている花・・・そんなことが一層あせりに似た気持ちを強くさせるのかもしれない。

 

夏中Tシャツ1枚の生活をしていた私が、この頃になると浴衣を着てみようかと思う。夕刻汗が流れる気温でもなく、ふと足元を一瞬涼しげな風が流れると浴衣が着てみたくなる。庭のキキョウの花がいくつも咲いていくつも枯れて、鮮やかだった青紫の花びらが白っぽくなって幽霊のように垂れ下がってくる。待宵草も庭の端の方で咲きだす。浴衣を着て夕暮れの草草を見ると昼の焦燥感を癒すこともできる。

 

 浴衣は亡くなった母の記憶であり、現在も元気な義母の記憶でもある。母は夏になると私の浴衣の裾や袖の丈を下げるのを楽しみにしていた。去年の丈の浴衣を着せられ、母が裾の長さを決めると待ち針でとめていく。そんな瞬間はなぜかとても気恥ずかしいものだった。今着ている浴衣は義母が縫ってくれたものだ。これで何枚目になるのだろうか。縫う前に義母が私の体に尺を当てるときも同じように気恥ずかしいものがあった。浴衣はそんな思いも含めて秋が来る少し前の季節、私の心の焦りを鎮めてくれる。

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