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一茶

窓(H20.08.29

NO77

「一茶」

藤沢周平が描く「一茶」を読んだ。

一茶は、「やせ蛙まけるな一茶ここにあり」に代表される小動物への軽妙な愛情表現、「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」と現代の人にさえ分かりやすく好々爺の慈悲深い心情を軽易に表現する。しかし、周平の小説「一茶」には晩年の句にイメージされる一茶像とあまりにも違う眼を背けたくなるような他人を嘲け、罵り、妬み、自嘲する醜い姿が描かれていた。しかし、同時にだからこそ生み出せたのだろう晩年の句の深さとその非才さも描かれていた。

早春梅の香りに誘われて繰り出す江戸の庶民を虱に例えて、「梅咲くや里に広がる江戸虱」と詠む一茶。「よろよろはわれも負けぬぞ女郎花」「よるとしや桜さくも小うるさき」そして「死支度致せ致せと桜哉」と拗ね、自嘲する一茶。義母と折り合いが悪く、実父によって江戸に丁稚に出され、職を転々とし、定職に就けず、赤貧で過ごす日々を送った一茶は、食うため金儲けのために俳諧の博打に手を染め、それを足がかりとして俳諧師の道を歩むことになる。所詮俳諧師といっても一流でなければ宗匠として、食べてはいけない。田舎周りをして、俳諧を嗜む富農、富商に寄食するしかなかった。「何が怖いって、舌出した米櫃ほど怖いものは無いからな・・・」という生活である。

少年の頃の一茶は、百姓仕事の手を止めて、道を通る行列、畦の花々、小動物に目を凝らしていたため、義母に散々叱られていたというから、一つのことに執着する性癖であったのだろう。だから一般は見逃しても一茶は見逃さない眼が育っていった。「何が花だ、月だ、蝶だ。蚤も虱も俺の屁さえ、句になる」と嘯くのは、単に妬みだけではなく、赤貧と家も妻も無い40数年の生活の中で澱のように溜まっていった虚飾の無い人間としての感覚だったのだろう。

藤沢周平はあまり実在の人間を描かない。しかし、結核のために入院していた折、俳句を学び、そこで出会った一茶に自らの姿を投影させていたのだろう。そして彼は小説として「一茶」を描くことになったようだ。

「ちる花やすでにおのれも下り坂」「老いぬれば桜も寒いばかり哉」などの句に私は苦笑しながらもなぜか引かれていく。凄愴な句を生み出すこと万を数えるという。私の中に在る自嘲の波長とどこか共鳴するのはなぜだろうか。周平の小説を愛読している私がいつもより一歩引きながら「一茶」を読み続けていたのだが、いつの間にか一茶の句に惹かれ始めている。

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