優しさの始め
窓(H20.07.10)NO76
「優しさの始め」
キャップハンディー学習を指導するため、ある小学校を訪れた。指導と言ってもインストラクター二人が長年の経験を活かして指導する。私は指導現場の様子を見せていただくために同行した。
「車椅子を利用する人には、優しさから始めて、優しさで終わることが大切なんだよ」と語り始めるインストラクター。「まずベッドなどから車椅子まで移動したことにするよ。さあ!ここから今日は体験してみます」「まず・・・」と言ってインストラクターは車椅子についているフットレスト(足掛け板)に児童の目をひきつけた。「歩けない人はこのフットレストに足を乗せることも難しい。足が乗せられるようにフットレストをセットしてから、皆さんの手を使って車椅子に乗る人の足を持ち上げる」「君、私の足を持ち上げてフットレストに乗せてみて」一人の男の子が前に出た。ゆっくりとインストラクターの足を乗せる男の子。「・・・・。そう!その通りだよ」ニッコリ笑ったインストラクターが学級全員の顔を見て「これが優しさの始めなんだよ」と。
見ている子どもたちの目は、優しさから始めるとはそういうことかと納得の表情。「車椅子は、車椅子に乗っている人のもの。後ろから押す人のものではないのです。段差があれば『上げますよ』、降りるなら『降りますよ』と声を掛ける。車椅子に乗っている人を驚かさない、不安にさせない、これが優しさです」と諄々と語り掛けるインストラクター。
「着いたらブレーキを掛けておくね。そして最後にすること・・・・。そう、足をフットレストから降ろしてあげる。これが優しさで終わるということです」子どもたちは静にその話に聞き入っている。「もし車椅子に乗っている人がフットレストに全体重を掛けるとどうなるかやってみようか」インストラクターが体重をフットレストに掛け始めると、ブレーキをかけている車椅子が一旦大きく前傾し、次に勢いよく後ろに動いた。あっと!子どもたちは息を飲む・・・。
「フットレストから足を降ろしてやる。危険を取り除く。それが優しさ。そして、優しさとは、相手を守ることにもなるのですよ」ふっとため息を漏らす子どもがいた。そのため息は心から納得した表現でもあった。聞いている子どもたちは「優しさ」という聞きなれた言葉が、現実の重みを備えて近づいてきた。
福祉の授業が行われた学校の校長先生が二枚の原稿を見せてくださった。一枚は「地域の方々に配布した広報紙に掲載した私の文章です」という。その中に「ゆうたくんちのいばりいぬ」という絵本の登場人物を例に引きながら「自分と違うから友達になれないと決めないでください。友達とかかわり、友達のことを分かっていこう。友達のよさを知っていこうとすることが・・・・」と書かれていた。もう一枚は校長先生が近頃出会った心に残った一文だという。その中に「福祉はふだんのくらしのなかのしあわせという意味であり、お互いさまという考え方」と書かれていた。
「かかわり」から自分を知り、友の良さを知ることや「お互いさま」という考え方を大切に思う校長先生の学校経営、そして優しさを目の前の出来事として印象付けたインストラクターの指導とが互いに共鳴して、児童の心に響いているようであった。
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