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2008年6月

ボランティアお断り

窓(H20.06.20

NO75

「ボランティアお断り」

ボランティアで村に入る人をチェックする村人がいた。災害ボランティアセンター所長の名前を言えないボランティアは村に入れないという。「ボランティアお断り」のたて看板を立てた村があった。地震に平和な生活を破壊され、ボランティアと称する人に裏切られ、被災者は二重三重の怨情に苛まれることになった。災害ボランティアコーディネーター研修会に参加した際、講師の方から聞いた話である。

岩手・宮城内陸地震の被災地では6月19日午後6時現在で181名の方が避難所で生活をしているという【河北新報より】。みやぎボランティア総合センターの職員が現地に発災直後に現地に入っている。今日で6日目である。その職員からレポートが毎日メールで届く。

6月15日

通常のボランティアセンター機能でニーズ把握としないボランティアで対応すること叶と判断。災害ボランティアセンター設置はしないと決定。

6月17日

ニーズが少しずつ上がっている。水汲みや運搬などの取り組む準備開始。近隣ボランティアの力を借りてマッチングを行っている。

6月18日

ある避難所で避難者に対する支援が行政よりストップが係りは入れない。他の避難所からは以前補助支援要請が入ったので地元ボランティアに声がけし、夕食より支援に入る。県内外からボランティア支援をしたいとの問い合わせ矢も追うし出が徐々に増え始めている。被災者のほとんどが避難所にいることから避難所支援を実現できるかが大きな鍵である。

6月20日

19

16時、副市長の同席の下、あらためて正式に市より了解を得ることが出来た。今回の問題は、市災対本部はボランティアの受入れを認め、市社協へコーディネートを託していたにも関わらず、現場である避難所で市支所が受入れを拒んでしまったことが事の発端。

市より避難所支援の了解を得たことで、大きな避難所である花山、栗駒の両避難所へ市社協としてのボランティア相談窓口を設置して20日より避難住民との直接的接点としていくことになった。

災害ボランティアはまだ日本では日が浅い。ボランティアする人も受ける人もどこか不安がある。被災した人たちは、まったく知らない人が親切に手助けしてくれる経験を持たない。むしろ押し付けの親切心がむしろ苦痛でさえある。

しかし、何とか被災者のために活動したいと願う青年が、行政や地域の方々と時間をかけて話し合い、活動できる範囲を広げている。このような青年が社会福祉協議会に育っていることは何と心強いことではないか。新宿の無差別殺人という凶行が行われたときも青年たちが助けようと必死の行動を取った。青年に期待できると強く感じさせられた。

岩手・宮城内陸地震の被災者を陰で支えようとする人々に心からの敬意を感じている。

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通夜のあいさつ

窓(H20.06.18

NO74

「通夜のあいさつ」

 昨夜の酒がまだ抜けきれない。しばらくぶりに今日の土曜日は仕事に絡んで出かける必要がない。髭も剃らず、頭も梳らず、庭の芝生の上でタバコをふかしていた。8時45分。突然家がガタガタと鳴り出し小刻みに揺れ始めた。一瞬「来たか」と思った。確率90%以上という宮城県沖地震のことである。30年前、目の前で一軒の家がマッチ箱をつぶしたように潰れ、勤務する小学校の木造校舎の二階の屋根が一階の教室まで崩れ落ちた。自宅の家具はすべて倒れた。すべてのガラスは割れていた。一瞬頭をよぎったのはそのことである。

 幸い予測されている宮城県沖地震ではないことがNHKの報道で分かった。震度は6弱。定期入れに入れて常に持ち歩いている勤務先の職員配備計画を見た。5強以上の地震が発生したら正職員は全員出勤することを確認した。二階にいた妻に向かって「すぐ出勤するぞ」と大声を出した。妻は「何かお腹に入れてから出勤してください」と急ごしらえの朝食を用意した。

 車で普段なら40分程で着く勤務先の事務所まで80分かかった。事務所にはもう一人の職員が出勤していて、事務所の被害状況を把握していた。すぐ、事務所が関係する主な方々に電話で安否を確認し始めた。電話連絡はなかなかつかなかったが、半数以上の方々の状況を取りまとめ、「被害を受けた方々は現在いない」と本社に報告した。一息入れた時、県南に住む自分の長男の家族が心配になり、連絡を取った。地震発生から3時間がたっていた。

「どうだ。家族に怪我がないか?」「驚いたけど、誰も怪我していないし、家もだいじょうぶ。親父は今どこにいる?」「事務所に来ている」「やっぱりな。孫を心配するより、まず勤務先に行ってしまう・・・。お母さんが言っていたよ。宮城県沖地震の時は家族が放っておかれたのって。親父の通夜の挨拶では参加者にこのことを伝えたいね」と長男は笑っている。

栗原地区の方々のお気持ちを慮ると居たたまれない想いである。まずは自分と自分の家族の安全を確保すること、その次に近隣に目を向けること。近くの方々との共助無くては身の安全は保てない。すぐに勤務先に出てしまった私は今、今後地震があったらどう行動するか今一度考える必要があると思っている。

次男からその後電話連絡があった。「今どこにいるの」と聞く私に次男は「え!当然会社でしょ。後片付けが大変なんだ。親父も事務所でしょ」と当然ののように言って、電話が切れた。あ~~あ。恋人といっしょにデートだと飛び出して行ったのに。恋人をどうしたんだ。オイ、オイ。

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